2012/12/03

キャラバンはついに到らず

詳しい話はできない類いの話だが、以前、ある母子が家を逃げ出すのを手伝ったことがある。

夫がいろいろ苛めるから、というのがその理由だが、本当のところはわからないし、その正否の判断はわたしのすることではない。

わたしはただその母親の友人であり、そしてもう1人やはり別の友人と一緒に、昼間に彼女の家に行き、夫が働きに出ている間に、引っ越し屋に荷物を積み込む手伝いをしたのである。

とはいえ、わたしがしたのは引っ越しそのものの作業ではなく、夫が不意に帰ってこないか、最寄りの駅でただひたすら見張ることであった。

わたしは夫に数度会ったことがあるから、見かければわかる。で、もし見かけたら、すぐに電話で警報を発するというわけだ。夏の暑い日で、立っているだけでもしんどかった。わたしはそうやって半日過ごした。

完了の報告が入ったのでわたしは彼女の家に戻った。アパートの2階にあるその部屋からはほとんどのものが運び出されていた。残っているものといえば、冷蔵庫とテーブルと夫の私物のみ。冷蔵庫を見ると、幼い子どもが描いた「お父さんの絵」が貼ってあり、何とも無惨な気持ちにさせた。

「今、俺が目にしているのは、妻子に逃げられた男が帰ってきて最初に見る光景に違いない。そのとき彼はどんな顔をしているだろうか。どんなふうに叫び、罵り、泣くのだろうか。この目で見てみたいものだ」

まず叶うことのあり得ないこれらの欲求に駆り立てられたわたしは、自慢のiPhone4Sを取り出すと、せめてばかりとあたりの写真を撮りはじめた。

「もぬけの殻の実情を収めたこれらの写真は」とわたしは思った「必ずや世の男性諸氏にとっての戒めとなるだろう。そうだ、写真展を開こう、都庁の一階かどこかで! それだけの価値はある。いや、この出来事を歌にもしよう、一篇のバラッドに! そしてトゥルバドールのごとく全国を吟遊して回るのだ、写真引っさげて。全国キャラバンのはじまりだ……」

猛暑の中ずっと立ちっぱなしだったせいですっかり頭をやられてた。その証拠に、夜風が吹く頃には、この結構な計画もすっかりわたしの心から掃き出されてしまっていた。

さて、この間のこと、友人のビルマ人がやってきて相談したいことがあると言った。ひどい喧嘩をして、妻が生まれたばかりの子どもを連れて、家を出てしまったのだというのだ。仕事から帰ってみると何にもない! 電話をしても出てくれない! 一回出たが、もうこの電話も解約するって! どこにいるかもわからない。一目子どもに会いたい!

その憔悴しきった顔をわたしはまじまじと見つめる。 おお、キャラバンはついに到らず! 全国などといわずに近場だけでも回ってりゃあ今頃こんな……(だけど、そのおかげでわたしゃ江戸の敵をビルマで討ったというわけで)。

さて、彼から「どうしたらいいか」と聞かれたが、わたしにわかろうはずもない。子どものこともあるから、とりあえず役所の児童福祉相談の窓口に行ったほうがいいよ、とだけ言っておいた。