2010/06/30

ネピドーのNGO(2)

ネピドーの町には11のキリスト教教会があります。いずれも、40年〜50年前に建てられたもので、相当老朽化していますが、改修や新築などはできません。政府が認可しないからです。

また、新たに教会をつくることも禁止されています。

こんなことがありました。

山にあるキリスト教徒のカレン人の村が、強制移住の対象となりました。村人たちは別の場所に移って住みはじめたのですが、そこには教会はありません。ですが、新たに教会を建てることは禁じられています。

以前の村には教会があったので、その教会を持ってくる形にできないかと申請したのですが、その教会の建築を許可した書類がないので不可能だということになりました。半世紀も前の教会です。政府の許可のいらない時代に建てられた教会なので、そんな書類などないのです。

結局、強制移住とともに教会がひとつなくなってしまったのです。現在、村人たちは外で礼拝をしている状態です。(続く)

2010/06/28

ネピドーのNGO(1)

ネピドーで活動するキリスト教系のNGOの職員と話をする機会があった。以下はその時に聞いた内容。

わたしたちはピンマナがネピドーと名前が変わる前から活動しています。活動の内容は、ネピドー周辺の村の支援です。村人のための診療所を運営し、移動クリニック活動を行っています。医薬品が手に入らないのが悩みの種です。

子どもたちのためのデイケアセンターも運営しています。これは教育活動でもあります。

わたしたちはキリスト教の団体ですが、村人たちにキリスト教徒が多いわけでもありません。宗教に関係なく、村人ならば誰でも支援しています。また、宣教活動ではないので、改宗を求めたりすることはありません。

地域の村人たちが直面している問題は、貧困、医療の不足などですが、ネピドーが首都になって以来の最大の問題は、村人たちの強制移動です。

政府は首都建設のために、村人たちを追い出しているのです。

タンシュエ大将が住む家が、ダムの上にできたのですが、安全上の理由で、近くの村々が強制移住の対象になるということもありました。

政府が移住させられた村人たちのために与えるものはといえば、竹でできた粗末な家だけなのです。(続く)

2010/06/25

外国人研修生制度(3)

研修生のパスポートを取り上げる、などというと、ずいぶんあくどい人間がやることのように思われるが、その研修生がいうには、社長さんはいい人で、とくに悪い印象はないとのことだった。

それで、推測するのは、パスポートを取り上げること自体が、研修生受け入れ先で当たり前に行われているのではないかということだ。

つまり、社長もそれを研修生の面倒を見る行動の一環として、特に悪意なく行っていたと考えられる。

おそらく、先に触れた怪しい媒介団体がそのようにしてくださいといったものもを、社長も「そういうものか」と受け入れたにちがいない。

あるいは国際研修協力機構そのものがそんなことを言っているのかもしれない。「パスポートは一括して管理したほうがいいですよ」というような形で。もちろん、おおぴらにではなく。

いずれにせよ、パスポートの取り上げ問題は、個々の受け入れ先の問題、事業主の性質の善悪の問題に還元できるような問題ではなく、制度運用の問題として捉えるべきことなのだろう。

2010/06/23

外国人研修生制度(2)

外国人研修制度の問題点として、受け入れ先が研修生のパスポートを取り上げることがあることは、すでに触れたが、以前、難民認定申請を考えている研修生のビルマの人から、電話をかけてパスポートを取り返してほしい、と頼まれたことがあった。

研修先に電話をかけるのかと思ったら、そうではないとのこと。研修先の社長はすでに彼のパスポートを日本のビルマ人研修生受け入れ団体に送り返してしまったのだという。

おそらく、そうした団体が、企業とビルマの間に入って、研修生を供給しているのだろう。

まったく気の進まない電話だったが、とりあえずその「ミャンマー・日本なんとか協会」に電話をかけてみる。

ところが、電話が通じない(こちらとしては願ったりかなったりだ)。住所もあるというので確認してみるが、ネットで調べてもそれらしきものはないのであった。

難民申請するにはパスポートが必要だ。ない場合には、ない理由を書いて提出しなければならない。

そこで、事の次第を代筆して提出したが、要するに「頑張ったけどダメでした」という内容で、「おそらくタヌキかキツネの仕業ではないかと思われる」と書き足したかったがやめといた。

2010/06/21

外国人研修生制度(1)

外国人研修生制度は、「日本が技術移転により開発途上国における人材育成に貢献することを目指して、より幅広い分野における研修生受入れ」を行う制度(財団法人国際研修協力機構HP「制度の主旨」より)であるが、実情は大いに異なることが指摘されている。

外国人研修・技能実習制度は、「国際貢献」や「途上国の人材育成」という理念を掲げながら、実際には建設業、農業、漁業、縫製業、食品加工業など人手不足の分野を中心に、1年から最大3年のローテーション方式の安価な労働力として利用されています。(外国人研修生権利ネットワーク 設立趣意書より)

度はずれた低賃金、行動制限、パスポートの取り上げなどのさまざまな人権侵害から「現代の人身売買」「現代の奴隷制」と呼ばれているほどだが、多くのビルマ人もこの研修制度によって来日し、実数はわからないものの、研修先を逃げ出して、難民認定申請を行う人もいる。

もっとも、こうした難民認定申請者が、まったくの虚偽申請というわけではない。その多くは、もともとビルマにいる時から逃げるべき理由があり、日本の研修生制度を利用して国外脱出を図ったというところだと思う。

これらの人々が研修生として日本に来るためには、ビルマでそれなりのお金を払ったに違いない。それは向こうの送り出し機関かもしれないし、あるいはその機関との間を取り結ぶブローカーにかもしれない。

いずれにせよ、パスポートでも何でもブローカーと賄賂に頼らざるをえないビルマの現状からすれば、まったく公正にというわけにはいかず、この制度のおかげでさまざまな人々が潤っている可能性がある。そして、研修生自身をのぞけば、それら得をした人々のほとんどが軍事政権の関係者なのである。

元研修生の難民申請者に対して「制度を悪用した」と考える人もいるかもしれないが、そもそも制度自体に無理がある。

外国人研修生制度に詳しい人によれば、こうしたこそくな手段で安価な労働力を確保しようとする魂胆自体が間違いで、労働力として外国人を必要とするならば、きちんと移住労働者としての権利を保障するような環境を整備した上で、正々堂々と入国してもらうのがいいのだという。

いずれにせよ、この極めて問題の多い制度によって、日本政府はブローカーである軍事政権の関係者に幾ばくかの利益を与えて上げているわけだ。

なお、ビルマ人の研修生についての統計(2007年まで)などについては次を参照のこと。

http://www.jitco.or.jp/send/situation/myanmar/index.html

2010/06/18

男女比

在日ビルマ難民の男女比については、統計資料がない(と思われる)のでわからないが、この間の投票集会で立会人をした関係で(ひまつぶしに)、女性投票者の数を数えてみた。すると、105人であった(あくまでも外観で判断できるかぎりだが。またこれは正式発表ではない)。

全投票者数は326名だから、女性の占める比率は約32%ということになる。

この数字を評価するにあたって、在日ビルマ難民たすけあいの会(BRSA)の女性会員の比率を出してみる。

2010年4月現在の会員総数が451人で、そのうち女性会員は136人。女性の占める比率は約30%となる。

つまり、在日ビルマ難民の成人のうち3割は女性と見てもよいことになる。

もっとも、このサンプルがそのまま現状を反映しているとは考えられない。

夫婦の場合、投票集会にそろって来た人もいるにしても、どちらか片方だけ、とくに夫だけが来た場合が多いと考えられる。 妻は家で子どもの面倒を見ていたり、仕事に行っていたり、あるいは単に来なかったというケースは多くありそうだ。

またBRSAの場合は、多くの夫婦がともに会員になっているにしても、いくつかの場合には夫だけが会員となっているケースもあり、また会が独身の男性が中心となってはじまった関係上、独身男性がやや多いかもしれず、ビルマ難民の既婚率がわからない以上、会の男女比がそのままビルマ難民社会全体を反映しているとは言い切れない。

したがって、実際には成人の在日ビルマ難民の女性はもっと多いと考えたほうがよさそうだ。

それゆえ、この少ないデータから把握できるかぎりでは「在日ビルマ難民の成人のうち少なくとも3割は女性」とするほうがより妥当だろう。

2010/06/16

2010年の選挙に反対するグローバル・キャンペーン(3)

細かいことかもしれないが、そう簡単に片付けられるとは思われない。軍事政権の選挙に反対するということには、二つのことが含まれている。ひとつは 軍事政権の「政治」(もっともそれが本当の意味で政治とみなせるかどうかはさておき)であり、これに反対を表明するのはある意味では簡単だ。

もうひとつは、軍事政権の選挙の進め方、投票システムに対して反対するということで、これを表明するには、現物をもって、すなわち軍事政権のそれに対置されるより民主的な投票のシステムをもってするほかない。

その点からすれば、今回の「投票行動」は、準備不足であったように思う。

ビルマ民主化運動では、理想は高邁、スローガンは勇ましいが、現実的具体的な政策、方策となるとからきし、という事態にしばしば直面する。そこまでひどくはないが、今回の集会も、それに似た詰めの甘さを感じた。

もっとも、こうした試み自体を否定するわけではない。限られた時間、予算の中で精一杯やったのだ、ということは理解している。しかし、日本の民主化 活動がどのようなビルマをつくりあげるのかを現実に即した形で構想し、今回のような集会においてもできるかぎり実践する、という段階に達しないかぎり、本当に効果的な運動はできないだろうし、また日本社会の理解も得られないのではないかと思う。

(ちなみに今回、日本人が4名、投票の立会人として参加し、そのうちのひとりに加えてもらった。)

開票

2010/06/15

2010年の選挙に反対するグローバル・キャンペーン(2)

好意的に解釈すれば、参政権自体が奪われているビルマの人々にとって、たとえ擬似的、象徴的であっても、投票という行為自体が、政治的に意味を持つと考えることもできる。

とくに1990年の総選挙で投票したことのない若い世代にとっては、これは貴重な体験であろうし、この投票集会が、政治的自由についての感覚を養うきっかけになるかもしれない。

しかし、そうであるならばなおさら、その政治的自由という感覚を保障する投票システムについてももっと鋭敏であってよかったのはないかと思う。

今回の投票にさいしては、投票者はまず受付で名前、所属団体、電話番号を記し、次に投票用紙をもらい、会場の前面隅にあるホワイトボードの裏でチェックを記入し、その後前面に据えられた投票箱に入れるという仕組みになっていた。

これでは厳密にいうと、多重投票は防ぎえない。つまり、「有権者名簿」にあたるものがないため、投票者の照合(と排除)ができないのである。もちろん、民主化活動家を自認する人々の投票であるから、そのような不届き者はいるはずもないが、実際の投票ではそうした「経歴」や「良識」「善意」をアテにすることはできないし、そうしたものに依存せざるをえないようなシステムは、決して公正には機能しないだろう。

受付


 
記入所


 投票箱

2010/06/14

2010年の選挙に反対するグローバル・キャンペーン

2010年のビルマ軍事政権の選挙への意思を表明する信任投票集会(6月13日、池袋)に、投票立会人のひとりとして参加しました。

320人以上の民主化活動家が参加し、その投票の結果は次のようなものでした(詳しい結果は声明文で発表されるそうです)。

投票者数:326名

民主的選挙を支持:312票
軍事政権の選挙を支持:1票
無効票:13票

2010年の選挙に反対するグローバル・キャンペーン(1)

2010年のビルマ軍事政権の選挙に反対するグローバルキャンペーン(The Global Campaign Against Burma's 2010 Military Elections)の一環として、6月13日午後1時から、豊島区立健康プラザ7F会議室で、在日ビルマ民主化活動家による信任投票集会が行われた。

信任投票集会というのは、民主的な選挙と軍事政権による選挙のどちらを求めるのか、ということを投票によって意思表示しようというもの。

投票用紙は、この日用いられたものとは若干異なるが、似たものをグルーバルキャンペーンの日本語版オンライン署名のサイトで見ることができる。B5の紙にスーチーさんの顔とタンシュエ大将の顔の写真が上下に並べられていて、スーチーさんの横には「本当の選挙」、タンシュエの横には「軍の選挙」と書かれていて、それぞれの選挙の特徴も記されている。この顔の横にある升目にチェックを入れる仕組みだ。

どちらにするかといわれれば、スーチーさんのほうに決まっている。そんなわけで、もともと結果のわかりきっているこの投票は、政治的な意思表示以上のものではない。

もちろん運動としてはそれでよいのだが、こんなわかりきったことをやるために、300人以上もの人が集まって、箱に紙を入れる行為に何らかの生産性があるのかは、意見の分かれるところだろう。

2010/06/09

アルファベット

ビルマ国内で用いられている文字には大まかにいって2つの系統がある。

ひとつはインドのブラーフミー文字に由来するもので、モン語、ビルマ語、シャン語、カレン語などがそれぞれの言語に適応させてこれを用いている。

もうひとつはいわゆるローマ字で、カチン人の諸言語やチン人の諸言語がこれで表記されている。

もっとも、ブラーフミー文字もローマ字も起源は一緒で、古代の中東で使われていた文字体系にさかのぼる。

ローマ字のほうは、 英領時代にアメリカ人宣教師によってもたらされたもので、この文字体系を用いるチン人とカチン人にキリスト教徒が多いのと無関係ではない。

文字体系の優劣は一概にいえることではないが、少なくとも現在のインターネットの世界ではローマ字、特に英語の文字体系が標準なので、これはローマ字系の文字体系をもつチン人とカチン人には大いに有利に作用している。

もちろん、ビルマ文字などを用いることも可能だが、その簡便さは比べものにならない。

あるチン民族がインターネットでチャットをしながらこんなことをいった。

「こんなふうにチン語で言葉のやりとりをしていると、事情を知らないビルマ人が驚くよ。お〜すごい、英語でチャットしてるって!」

2010/06/07

短命政権

菅直人が首相になった日、あるビルマ難民がこう言った。

「ビルマ軍事政権トップのタンシュエ大将が日本の政治家を招いて訓練すれば、長期政権間違いなしだね。」

2010/06/04

退会届

BRSAの会員が亡くなったので、前年度の事務局長のウ・テインリン(U Thein Lin)さんと葬儀に行った。

斎場に運ばれる前の棺は小さな霊安室に置かれていて、遺族とビルマのお坊さんがその部屋にぎゅうぎゅう詰めになっていた。

ぼくとウ・テインリンさんとほかの参列者たちは入り口にたむろして、遺族たちの唱和するお経を聞いたり、雑談したりしていた。

30分ばかりの儀式が終わりに近づいた頃、ウ・テインリンさんがふところから封筒を出した。中には手書きの手紙が入っている。それは何か、と聞くと彼は

「この人は亡くなったので、退会届を持ってきたのです」

と答えた。いくらBRSAの会員だからといってそんな形式的で、遺族感情を逆なでするようなことをここですることはないだろうと、ぼくは、ビルマの人々が時おり妙に官僚主義的な振る舞いをするのを思い出しながら考えた。だが、すぐに気がついた。

「ああ、それがビルマのやり方なのですね」

「そうです」

お経が終わり、泣き崩れる遺族たちを知人たちが抱え、部屋を出ていく。ウ・テインリンさんは、棺に近寄り、封筒からその退会届を取り出した。そして、死者の前で読み上げ、棺の蓋をちょっと開けて中に入れた。