2011/07/27

スペインからメール

あるビルマ難民から「大変だ」と電話。

共通の友人であるビルマの人がトラブルに巻き込まれ、メールで助けを求めてきたというのだ。ちなみにこんなメール(原文は英語)。

「突然のメールで失礼。今実はプログラム参加のためスペインにいるのですが(お知らせしないですいません!)、とんでもない事態に陥ってしまいました。マドリードで乗ったタクシーに、パスポートと財布と携帯の入ったポーチを置き忘れてしまったのです。もうどうしたらいいか分かりません。そこで、恥を忍んで厚かましいお願いをさせてください。2500ユーロを至急送ってはいただけませんか。東京に帰り次第お返しいたします。送り先の銀行口座は次のとおりです・・・・・・送金が済み次第すぐにメールしてください。できるだけ早い便で帰ろうと思っていますので。よろしくお願い申し上げます。(本人の名前)」

この人には数日前会ったばかりだし、スペインに行くなんて聞いてない、と思って念のため本人に電話すると、いる。

なんでも「メールを乗っ取られた」とのこと。

「メールを乗っ取られた、奪われた」、これたまにビルマの人から聞く。

何者かにパスワードを変えられて本人がアクセスできなくなるのだ。自分の名前で変なメールを送られて困った思いをする人もいる。上記のようなのは迷惑メールというかもはや詐欺メールで、こんなのは初めて聞いた。

このような被害に遭った場合、被害者が疑うのは、軍事政権の妨害工作だ。「反政府活動を行う自分を軍事政権が汚い手を使って陥れた」と憤るのである。

わたしにはなんともいえないが、ひとつだけ確かなことがある。

みんな、自分の名前とかをパスワードにしちゃダメ!

けっこういい加減なパスワードを使ってるんですね。普通の人には分からなくても、慣れた人がやればそういうのはすぐにバレる。気をつけましょ。

2011/07/26

ムンガラーバー

7月24日日曜日の夜、高田馬場でアラカン民主連盟(亡命・日本)ALD (Japan-Exile)の総会が開催された。

ALD-Japanとしては6回目の総会(とはいえ、在日アラカン人の政治活動の歴史はもっと長い)。

わたしは顧問役を務めさせてもらっているので、当然出席。

だが、顧問といってもそれらしきことはしていない。ALDのみなさんの寛大さと友情の証しみたいなもので、こちらから感謝すべきようなもの。ありがたや。

今年の総会でも、顧問として「ひとこと祝辞を」ということで、一席ぶったのだが、このことについてはまた後で書こう。

総会の内容を紹介すると、HLA AYE MAUNG会長挨拶、ZAW MIN KHAING前会長挨拶、活動報告、会計報告などがあり、その後に役員選挙となっていた。

会の現況をいえば、会員数は91名。総会資料には、個々の会員の会費の納入状況などもしっかり記されている。総会の参加者はおそらく60名近くではなかろうか。みなさん元気そうだ。友人の一人が日本人女性と結婚して9月に父となるとのこと。これもうれしい話だ。

ところで、アラカン人にはアラカン語という言語がある。アラカン語というのはビルマ語と近い関係にある。たとえばビルマ語で「チェーズーティンバーデー(ありがとう)」 というが、アラカン語では「チェーズートンバーレー」となる。ビルマ語でご飯は「タミン」だが、アラカン語では「タムン」。

わたしの知識といえばその程度のものでしかなかったが、今回の総会で司会の方が、前会長のゾウミンカインさんを紹介するときに「ゾウムンカイン」と呼んでいるのに初めて気がついた。

これはさっきの「タミン=タムン」に含まれる「ミン=ムン」の対応の別の例だが、ゾウミンカインさんと呼び慣れていただけに少しビックリした。当然のことだけど。

なお、ビルマ語の挨拶「ミンガラーバー(こんにちは)」も「ムンガラーバー」といってた。

これらの事実をちゃんと評価できるほどのアラカン語・ビルマ語の知識はわたしにはないが、アラカン民族以外のビルマ出身者も数名招かれている総会で、あえてアラカン語らしさを保とうとしているところに、この6年間順調に活動を続けてきたALD (Japan-Exile)の自信があらわれているように思う。

会長のHLA AYE MAUNGさん。胸の装飾はアラカン人にとって大切な植物とのこと。

会場で配られたお菓子。

会場の様子。

会場の様子。

前会長のZAW MIN KHAINGさん。アラカン民族の国際的なリーダーの一人だ。

2011/07/23

百薬の長

アルコール問題でいろいろ周囲に迷惑をかけていたビルマ難民が入管収容所から出てきた。彼は日本語が非常に良くできる人で、お酒のせいでその能力を十分に発揮できないのをわたしはかねてから残念に思っていた。

たまたま会ったので話すと、ビルマの民主化について熱く語ってくれた。収容生活のせいで心身ともにボロボロだといっていたが、落ち着いた表情だ。酒臭くもない。

この世には完全な悪などないことを入管が証明してくれた。入管の収容も、アルコールを抜くのに有用なときもあるのだ。

だが、話しているうちに少々雲行きが怪しくなる。同席していた知人が彼にこう言ったときのことだ。

「酒は飲んじゃダメだよ」

彼は堂々と答えた。「ええ、もうお酒はあまり飲みません!」

あまりっ!

こんなこともいっていた。

「お酒は飲まれちゃダメですから」

飲むの前提っ!

だいじょぶか。

2011/07/22

おごりおごられ(1)

ビルマの人はよくおごってくれる。というか、一緒にご飯を食べにいって、こっちが自分の分を払うのは至難の業だ。

わたしはいたって押しの弱いほうなので、すぐに諦める。一度は奪った伝票を渡してしまう。

もう最近では、おごろうとしてくれるビルマ人に抗うのすら時間の無駄だと感じるようになった。 だが、わたしにも意地がある。せめてお金を払う気持ちはあるのだというところを知らしめたい。

そこで、見え透いた小芝居をする。

お勘定のときに、これ見よがしに財布を出して、千円札を取り出そうとするのである。そうすると、相手はまず間違いなく「いや、いいいい、払う払う」と止めてくれる。 わたしは「えっそうなの? 払うつもりだったのに」とばかりにさも意外そうな表情を浮かべ、お金をしまう。

ところが、最近ではその小芝居すら面倒くさくなってきた。今では、店を出る時に、おごってくれた人に「ごちそうさまでした」と軽く会釈しながら、ポケットの上から財布を撫でてみせるだけだ。堕落だ。尻尾の退化だ。

だが、たとえ尾てい骨にまで縮小しようと、骨は骨だ。いや、むしろ気骨というべきだ。そのひと撫でこそが、まさにわたしの矜持なのだから。ポケットに触れながら会釈するとき、わたしは刀の柄を押さえながら一礼するひとりの野武士となる。

武士は食わねど高楊枝。もっとも、こっちはたらふく食っているわけだが。

カミソリ

今年の5月に、タイ・ビルマ国境で開催されたカレン・ユニティ・セミナーに参加したときの話。

ドイツの大学で勉強しているというカレン人の若者と会話をする機会があった。彼もセミナーの参加者の一人で、難民キャンプの出身だ。

彼が尋ねる。「日本の地震と津波は大変だったろう?」

「大災害だったが、幸いなことにわたしの住んでいるあたりでは大きな被害は出なかったよ」

「でも、原発の事故があっただろ。あの、なんて名前だったっけ・・・・・・カツマタ?」

惜しい! というか、その名前よく出たな。

勝俣第一原子力発電所。

2011/07/21

勝利の美酒

今はそんなことができるとは思わないのだけれども、入管の収容施設内でお酒を造ろうとした人がいたそうだ。

もちろん、収容所の中では、お酒は持ち込むこともできない。したがって、これは密造酒だ。

製造法はというと、まず空いたペットボトルに水とバナナ、食パンを入れる。これらは収容所内の日常の食事などで容易に手に入るものだ。

そして、固く蓋を閉め、よく振って攪拌する。あとは、食パンの酵母が発酵を進めてくれるはず。

密造者は、このペットボトルを布団の下などに隠し、ひたすら待つ。

ペットボトルはまるで、孵化を待つ卵のようだ。卵につきものの「天敵」だっている。入管の職員のことだ。そう、入管の職員の厳しい監視をくぐり抜けたペットボトルだけが、開かれる機会に恵まれるのだ。

緊張の一週間。

密造者は期待とともにペットボトルを取り出す。ついに酒が醸されたのだ。おお、胸熱! 蓋を開けるやいなや、泡とともに吹き出る! 液体が、ドロッとしたヤツが、つまり、ゲロみたいなヤツが。

飲めたもんじゃねえ!

飲めたもんじゃねえが、密かな自由の味だけは何とか口にできたってわけで。

2011/07/12

ドイツ人は笑わない

ドイツで難民認定された後、日本にやってきて難民申請し、難民として認められたビルマ人がいる。

せっかくドイツで難民として認められたのにどうして日本で、と思うが、その人なりの事情がある。

それはさておき、彼の話を聞くかぎり、日本よりもドイツの難民認定制度のほうが勝っているようだ。とくに弁護士が難民のために働く環境が整っているらしく、彼に言わせれば、その点「日本の弁護士はかわいそう」とのこと。

さて、彼によれば、ドイツ人は笑わないのだという。わたしにはやはりドイツに暮らすビルマ難民の友人がいるが、その人も同じことを言っていた。だから、そういう観察もアリなのだろう。

笑わない、というのは、ドイツ人の習慣で、ドイツ社会では笑っている人間はスキだらけの人間とみなされるのだそうだ。だから、冗談を話すときも、笑わないのだという。彼はまた「笑えば金を失う」というドイツ人の言葉も教えてくれた。つまり、ドイツ人はケチでもあるのだ。

彼は日本で難民として認められるまで若干の苦労をした。最初の申請が不認定となり、その後品川の入管に収容されたこともあった。

「わたしは、ドイツに暮らしている間、笑うという習慣をなくしてしまった。これが日本での難民審査に悪い影響を及ぼしたんです。だから、捕まったんです!」

今では笑顔をすっかり取り戻しているもようだ。

2011/07/11

紅い花

茨城県牛久の入管に面会に行った。ふたりのカレン人と一緒で、ひとりは年配の女性。

東日本入国管理センターは牛久駅東口からバスかタクシーで行くのが普通。バスは本数が少ない。タクシーは片道約2600円。ちなみに昨日テレビに出たモウニーさんは歩いて行く。

エスカレーターで東口に降りていると、真下にプランターが並んでいるのが見えた。そのどれにも赤い花が咲いている。

年配のカレン人女性が「わーきれいだね」と歓声を上げる。もうひとりのカレン人男性が「彼女は写真が好きなんだよ」とわたしに言う。へえ、とわたしは思う。彼女のことは何年も前から知っているけれど、カメラが趣味だなんて知らなかった。ビルマ出身の50代後半の女性の趣味としては珍しいのではないか。でも、いろんな人がいるし、なんにせよ趣味を持つのはいいことだ。

「帰るとき、写真を撮りたいって」と彼がいうので、わたしは「そうしましょ」と答えた。

面会終わって、再び牛久駅に。彼女は赤い花のことを忘れていなかった。写真を撮るといって、花壇の真ん中に行く。そして、バッグから小さなカメラを取り出してカレン人男性に渡し、「はい、撮って」とスッと立った。

そっちかよ。

注文もつけてた。腿から上を撮れ、と。そして、撮れた写真を見て「かわいい!」と喜んでた。

2011/07/07

ザ・ノンフィクション 『となりの難民たち』

在日ビルマ難民を取材したドキュメンタリーが放送される。詳しくは次のリンクを見ていただこう。

7月10日(日) 14時〜14時55分放送
フジテレビ ザ・ノンフィクション『となりの難民たち』

取材されるのは、このブログでもたびたび登場していただいているモウニーさん(Maw Ni、本名はソウ・ミョーカイシン、カレン民族同盟日本支部KNU-Japan日本代表)。ただし、番組では「マウニーさん」と表記されている。

フジテレビの川上大輔さんが丁寧に取材されていて、きっと見応えのあるものになっているのではないかと思う。

わたしも取材されたが、その部分は使われなかったとのこと。

モウニーさんとは長いつきあいで、わたしにとってはもはや友人というよりも兄に近い。

ついでなので、モウニーさんについてこのブログで書いたものを以下にまとめてみた。

2011/05/22 協力関係  
2010/02/15 カレン革命記念日 
2009/10/14 もらっときなさい! 
2009/07/07 胸の高鳴り 
2008/12/03 モウニーさん、認定される   
2008/10/21 モウニーさん 頑張れ!

2011/07/06

人身売買

先日触れた「世界のダメ国家ランキング」ではアメリカは158位だが、この国は同時に世界随一の「ダメだし国家」で、毎年、人権に関わるさまざまな報告を発表して、世界中の国々にダメ出ししている。

6月27日にアメリカ国務省が発表した2011年人身売買報告(TIP)では、各国政府の人身売買根絶への取り組みを第1段階、第2段階、第2段階(要警戒)、第3段階の4段階に格付けしている。

この報告でいう「人身売買」には強制労働、性産業での人身売買、負債労働、児童労働、子ども兵士などが含まれ、この言葉からイメージされるような「国境を越えた人間の売買」だけを指すわけではない。人間の奴隷化とでもいったほうがよりわかりやすいだろう。

さて、日本は、悪名高い「外国人研修・実習制度」と性産業における人身売買への政府の対応が不十分だとして、第2段階。

この手の報告ではいつも優等生のビルマは第3段階だ。強制労働、子ども兵士、児童労働、女性と子どもの人身売買などさまざまな問題が挙げられているが、強制労働と子ども兵士補充に関しては、ビルマ政府はこれに対処する側というよりも、積極的に推進している派なので、処置なしだ。

そして、このようなビルマ国内の危うい人権状況が経済的要因と相俟って、ビルマ国民を国外に流出させる要因となっており、それがさらに人身売買を引き起こしている、と報告書は指摘している。

2011/07/04

証拠主義について

「証拠主義について」は、在日ビルマ難民たすけあいの会(BRSA)の機関誌「セタナー」第3号(2011年5月29日発行)に載せてもらったものに加筆したものです。

日本の難民認定審査のひとつの特徴は、証拠主義だといわれています。証拠主義とは、難民であるかないかを、証拠によって判断するということですが、この証拠は審査する側が申請者のために探してくれるわけではありません。この証拠を提出するのは難民認定申請者なのです。これを申請者の立証責任といいます。

たとえば、2回目の難民認定申請をする人に、入国管理局が配っている「2回目以降の難民認定申請を提出する方へ」という次のような文書にもその立場が明瞭に現れています。

○迫害を受けるおそれに係る立証責任は、申請者にあります。

○迫害を受けるおそれ等について、あなたが申し述べたいことがあれば、その全てを難民認定申請書に記載するか、申請書に加えて別に書面を作成し、申請書とあわせて提出してください。

○申請書及び提出された資料等により審理を行いますので、面接による事情聴取(インタビュー)を実施しないで、処分の結果を出す場合があります。

そして、実際に難民認定申請者を悩ませているのが、この立証責任です。申請書には証拠を提出せよと書いてあります。インタビューでは証拠を出せといわれ、出せなければ審査官に信憑性がないと決めつけられます。かくして申請者の多くが「証拠! 証拠!」とうわごとのように繰り返すようになるのです。ですが、外国に逃げざるをえなかった人々が、将来の難民認定申請を予期して十分な証拠をあらかじめカバンに詰め込んでやってくるなど、ありそうにない話です。申請者たちは常に証拠欠乏症に苦しむ宿命なのです。

それで、中にはこんな申請者も出てきます。「証拠がないから」と考えて、自分の難民の証明にとってきわめて重要な事実を事実を審査の場で明らかにするのを諦めてしまうのです。

証拠を出せなかったときに申請者が直面する審査官からの圧力を思えば、わたしにはそうした人を責めることはできません。 ただこれは時として大きな損失を招く可能性があります。申請者が重要な事実を省いたせいで、難民性が弱まったり、根拠をなくしたり、話のつじつまが合わなくなったりして、結果的に不認定となってしまうこともあるのです。

これは、このような証拠主義と、申請者側に立証責任があるという日本政府の立場がもたらした弊害のひとつと考えることができます。ですが、わたしはここでこの証拠主義と申請者側の立証責任のはらむ問題については論ずるつもりはありません。わたしがただ言いたいのは、たとえ証拠がなくても真実ならば、申請者はしっかりそのことを審査の場で明らかにすべきだということです。

そのようなことをしたら、審査官に怒られたり、イヤミを言われたり、嘘つき呼ばわりされたりしてしまう、と心配する申請者もいるでしょう。ですが、その心配は無用です。あなたが難民になった出来事にもしも証拠がなかったら、それを無理に証拠をつけて訴えたり、証拠がないからと隠したりする代わりに、どうしてその証拠を提出することができないかを相手がわかるように説明すればいいのです。つまり、入管が押し付けてきた立証責任を逆手に取って、それが立証不可能であることを立証すればいいのです。そして、その立証が正当なものであれば、もはや審査官も何も言うことはできなくなるでしょう。

おそらく、証拠主義、という言葉が誤解を招くのかもしれません。このように言われると、証拠がなくては話にならないような気がしてきます。ですが、わたしは入管の立場は証拠主義というよりも、論証主義と呼ぶべきではないかと考えています。つまり、難民となった理由が論理的・合理的に論証できていれば難民として認めるという立場です。そして、この論証にはもちろんのこと、証拠がないことの論証も含まれるのです。

日本を含む近代国家の特徴は、あらゆる法、手続き、記録、決定、通知が文書によってなされるということです。国家はテキストという形にいったん変換した上でなければ、国家に含まれるあらゆる事象を取り扱うことはできないのです。難民認定申請もそうです。先の引用では「なんでも書面で!」というようなことが書かれていましたが、難民認定審査は、難民申請者の文字になっていない人生をテキスト化し、そのテキストのみに依拠して行われるのです。

もちろん、これは建前です。わたしたちは表情や声などのテキスト以外の情報を完全に排除することはできませんし、人は無意識に、あるいは意識して、そうした非テキスト情報を重要な判断材料にしているものです。しかし、難民認定審査がそのような意味で建前の世界であるといっても、その建前が成立することなしには、これらの非文字的情報が効果を生むことはないのです。

ともあれ、難民認定審査においては具体的な証拠も、証拠がない事実も、同様にテキスト化されて、同列に扱われるわけですが、そこでは証拠の実在性はもはや問題にはなりません。問題になるのはテキストの整合性のみです。つまり、実際の証拠の有無ではなく、テキスト内の論理性、合理性、整合性のみが重要となるのです。要するに、どんなに価値のある証拠でも、それを紙の上に文字として定着させることができなければ無意味なのであり、また証拠がなくても、それがないことをしっかり論証できれば、それはテキスト上はやはりひとつの重要な証拠として扱われるというわけです。(おわり)

2011/07/01

不許可通知書

東京入管での仮放免許可申請を不許可とする「不許可通知書」と「教示書」が送られてきたので、どんなだか一目見てみたい人のために参考資料として載せる(ただし、個人情報を特定されるおそれのある箇所は消してある)。