2008/11/15

『ミャンマー難民キャンプ潜入記』出版のお知らせ

『ミャンマー難民キャンプ潜入記』 
吉岡逸夫 著
熊切拓 解説

発行:出版メディアパル 発売:高陵社書店


「ミャンマーを知るには、アウンサンスーチー氏×軍事政権の構図だけ見ていても分からない。アウンサンスーチー氏も軍事政権もビルマ族であり、それは多数派の勢力争いに過ぎない。全体を把握するには、虐げられている少数民族、特に難民の中から見た方が全体像が分かる気がした。」(本書プロローグより)

『ミャンマー難民キャンプ潜入記』は、2007年のビルマの「サフラン革命」の直後、タイ・ビルマ国境の難民キャンプの存在を知ったあるジャーナリストが、さまざまなツテを頼って難民キャンプに潜入する旅を描いた傑作ルポルタージュだ。

著者である吉岡逸夫さんは、東京新聞の記者であり、数々の著書を持つ著名なジャーナリストだ。そのひとつ『漂泊のルワンダ』は第五回開高健賞奨励賞受賞作品でもある。

この本はとにかく面白い。どこが面白いかというと、まずキャンプに入るまでの過程が面白い。吉岡さんが東京でキャンプ行きのツテを求めて奔走する話、実際タイに行って、キャンプへと続く悪路を走破する話など、読んでいるうちにぐいぐい引き込まれてしまう。

何度もキャンプに行ったことのあるぼくが言うのだからこれは本当だ。いや、吉岡さんの探し求めたツテのひとりであり、彼の取材旅行に同行したぼくがあまりの面白さに舌を巻いたのだから間違いない。

次に読ませるのは、ついに潜入した2つのキャンプの情景だ。難民キャンプを人権の観点から、あるいは支援活動の観点から書いたものはたくさんあるが、吉岡さんのようにキャンプに生きる人々の姿を生き生きと、そして色鮮やかに描いたものはないと思う。

これ以外にも、カレン人長老との対話、カレン人政治家へのインタビュー、ビルマ側の町ミャワディへの越境など、読みどころがいっぱいだ。

ビルマ関係の本というと、ビルマ問題に関心のある人しか読まない、といったものになってしまうが、さすがに練達したジャーナリストである吉岡さんはそうではない。ビルマのことなど知らなくても、ビルマの深部に向かう吉岡さんの旅に巻き込まれずにはいられない、そんな優れたルポルタージュに仕上がっている。

ついでにいうと、取材旅行に同行したぼくも本書の解説として「ビルマ少数民族と民主化運動」を書かせていただいた。ビルマ少数民族の目から見た「ビルマ民主化」とは何か、ということを論じたもので、少数民族に対する迫害に比して、あまり取り上げられることのない少数民族の政治的主張を扱っている。吉岡さんの本文とあわせてお読みください。

なお、発売日は11月20日で、都内の大書店であれば21日には店頭に並ぶとのこと。また、アマゾンでも注文できます。

Amazon 『ミャンマー難民キャンプ潜入記』

吉岡逸夫さんの公式サイト

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2008/11/14

隠された子どもたち

在日ビルマ人の政治活動家、アウンミャッウィンさんが発行する雑誌・ブログより依頼を受け以下のような一文を書かせていただきました。

アウンミャッウィンさんのブログ   平和の翼
                      隠された子どもたち


隠された子どもたち

メディアの王、アステュアゲスは夢占いにより、自分の娘がペルシア人との間に生んだ子がいつか自分に代わって王となるということを知った。王はその子どもを殺すように命じたが、さいわいにも命令が実行されることはなかった。赤子の殺害を押し付けられた牛飼いの妻がたまたま死児を産み落としたのである。死んで生まれた子が身代わりとなり、強運の赤子は牛飼いの子として育てられることとなる。ヘロドトスが伝える、ペルシア帝国の創始者キュロス大王の出生にまつわる伝説だ。

この話のように、やがて時の権力者を脅かすであろうと予言された赤ん坊が殺されかけ、周囲の助けによって出自を偽ってなんとか生き延びる、というひとつの物語の類型が存在するようだ。事実、似たような話は、どこでも、いつの時代でも見いだすことができる。

たとえば、幼いモーゼとイエスがそれぞれ幼児虐殺を免れる聖書の物語も、この類型のヴァリエーションのひとつだ。いや、聖書を引っぱり出すまでもない。スターウォーズあるいはハリー・ポッター・シリーズにおいても、この筋立ては非常に重要な役割を果たしている。「難を逃れた赤子」や「出生の秘密」を巡る物語は、今なお人を引きつける力を持っているのだ。

ビルマとは何の関係もないような話だが、わたしはこれらの物語や伝説と一緒に、ビルマの難民に関する二つの実話を並べようと思っているのだ。

まずはあるカレン人の女性の話から。

彼女が暮らすヤンゴンのカレン人居住区に、ひとりのカレンの若者が住み着いた。親戚を頼って田舎からやって来たのだという。彼と彼女との間を取り結ぶ人がいて、二人は結婚した。

やがて彼女は、夫が真夜中にたびたび奇妙な振る舞いに及ぶのに気がついた。些細な物音をきっかけに夫は素早く起き上がり、身を伏せる。そして、何かをひどく警戒するようすで闇を凝視している。そればかりでなく、時には銃を構えているそぶりをすることもあった。不審に思った彼女は夫を問いつめ、彼がKNU(カレン民族同盟)の元兵士であることを知った。

KNUというのは、カレン人の政治組織で、現在のビルマ軍事政権にとってもっとも具体的な敵である。1990年代に多くの非ビルマ民族武装組織がビルマ軍と停戦協定を結んだが、KNUだけはその例外であり続けた。ビルマ軍はこの最後の敵を殲滅すべく総攻勢をかけているといわれている。彼女が夫とした男はこのKNUで兵士として戦った経歴を持っていた。そして、彼女を驚かせた真夜中の奇行は、長く厳しい兵士生活が彼に与えた心の傷によるものだった。ほとんど子どもといってもいい年齢から、ジャングルの闇で戦ってきた彼は、ふとしたおりにある種の強迫観念に襲われることがあったのだ。

男が自分の前歴を周囲に黙っていたのは、もちろんのこと、そんなことを公言すれば命が危なかったからだ。二人が暮らしていたのは、タイ・ビルマ国境のKNU支配地域ではなく、「解放地域」からずっと離れたヤンゴンのカレン人居住地区だった。そこではカレン人たちがビルマ政府の敵意に怯えながら、目立たぬよう生活していた。KNUの名を口にすることすら危険だった。

夫の素性を知り、図らずも軍事政権の敵の妻となったことを悟った時の彼女の驚愕と恐怖を想像してみてほしい。もしこれが世間に知れたら、夫だけではなく彼女の命も危なくなるのだ。いや、そればかりではない。二人の間には生まれたばかりの息子がいた。

彼女にとって悩ましい日々がはじまったが、その悩みは夫が再びKNUに加わるべくタイ・ビルマ国境に逐電してからは、さらに大きくなった。そして、彼女の心配は現実のものとなる。カレン人の動向を常に厳しく監視している軍当局が彼女の夫の失踪を調べはじめたのだ。敵兵を夫とした反逆者として逮捕される前に、彼女はビルマを脱出した。

もちろんのこと幼い息子をこの逃亡に同行させるわけにはいかなかった。出発する前に彼女は息子を親戚に預け、日本の住民票にあたる家族構成票をひそかに書き換えた。息子がその親戚の家の子どもであることにし、その生い立ちからKNUの兵士の父をもつという事実を消し去ったのであった。このようにして彼女は、息子を失うのと引き換えに、息子に対する政府の追及をかわそうとしたのである。

これに似た話をあるカチン人女性が話してくれた。だが、二番目のものとなるこの話では、子どものたどりつつある運命は、前の話ほど良好なものではない。

カチン人にもKIO/KIA(カチン独立軍・カチン独立機構)と呼ばれる反政府武装組織があり、長い間、ビルマ軍と内戦を戦ってきた。1994年に両者の間に停戦協定が結ばれるが、これはあくまでも停戦、戦争が終わったわけではなく、ビルマ軍の支配地域ではカチン人はあいかわらず敵性分子として扱われている。

このカチン人女性の夫も、KIAの兵士であった。夫は停戦後、カチン州で働いていたが、あるトラブルに巻き込まれ、妻と幼い娘を残して行方知れずとなった。そして、それ以来、母子の長い逃亡生活がはじまることになる。

二人は親戚をたよって、カチン州を転々とした。だが、どこにいっても元KIA兵士の妻という呼び名がついて回った。これは、ビルマ国内では相当に危険な呼び名である。結果として彼女は、娘を残して外国へ逃げる、という決断を余儀なくされたのだった。

娘はといえば、ある親戚の家が面倒を見てくれることになっていた。しかし、現在のビルマでは、子どもの居候を置くのにも、役所に届け出なくてはならない。親戚は、KIAの兵士の娘を家にかくまっていることが急に厄介に感じられてきた。いや、それどころか、恐ろしくなってきた。もしかしたら、あの子のせいで自分たちもKIA支援者とされ当局に睨まれるのではないか、と震え上がったのだ。その親戚は、逃亡中の母親の意向を尋ねることなく女の子を家から追い出し、孤児院に放り入れた。

ここに記した二つの物語は、決して特別なものではない。あらゆるカレン人、あらゆるカチン人、あらゆる非ビルマ民族に起こりうる物語だ。非ビルマ民族はそれだけビルマ軍事政権と長く激しい闘いを繰り広げてきたのだし、ビルマ軍はそれだけむごたらしい迫害を非ビルマ民族に加えてきたのだ。親や親類が非ビルマ民族武装組織のメンバーや兵士であったがゆえに家族を奪われた子どもたち、出自を隠しながら、あるいは本当の親のことを知らずに育つ子どもたちが、ビルマの至るところで息をひそめながら、解放のときを待ち続けている。

前述の類型によれば、殺されかけた子どもは、その生涯のある時点で本来の生まれにふさわしい者となり、やがて自らを殺そうとした者を圧倒するにいたる。キュロスに隠されていた王家の血は、牛飼いの息子としての育ちを凌駕し、アステュアゲスの代わりに彼を大帝国の玉座につかせた。

もとより育ちよりも氏のほうが重要だと主張したいわけではない。どのような出自を持とうとも、人間としての価値は異ならない。これはどのような民族に生まれたかによって、その生涯の苦難の度合いがほぼ決定されるビルマでは、大いに強調すべきことだ。

わたしが言いたいのはもっと素朴なこと、あらゆる親にとって自分の子どもは王子であり姫であるということだ。ビルマがどのように民主化されるかはまだわからないが、その民主化のうちには、これらの奪われ秘匿された子どもたちが、ひとりの王、ひとりの王妃として、その親のもとに公然と、そして威厳に満ちて凱旋する、ということも含まれていなければならない。(了)