2009/05/15

アウンサンスーチーさんの起訴に関して

5月14日のスーチーさんの起訴を巡ってしばらくの間、品川のビルマ大使館前も騒然としそうだが、それはともかく、スーチーさんの起訴の理由については二つの説があるようだ。

もちろん理由といっても、外国人を無許可で宿泊させたことであるのはもちろんだが、それがスーチーさんの自宅軟禁の条件に違反しているから、とする説と、その辺ははっきりさせずにただ泊めたことが原因だとする説がある。

どちらであってもかまわないが、少なくとも後者に関していえば、ビルマではそもそも誰であっても、外国人であろうとなかろうと他人を無許可で、つまりその地区の平和開発評議会に連絡せずに民家に泊めてはいけないのである。

その理由はおそらく住民管理と治安維持のため、平たくいえば地下で活動する民主化活動家、民族活動家、得体の知れぬ外国人、国外のメディアが勝手に動き回らないようにするためであろう。

ここでどうして住民管理が問題になるかといえば、大規模な民主化デモや時たま起こる爆弾テロを封じ込めるには、すべての住民の動向を把握するのが一番だ、というのがビルマ当局の考え方だからだ。

ところで、ビルマに行ったことのある人には、ホテルではなく、友人宅に泊まったことがあるぞ、という人もいるかもしれない。その場合に、実際にはその受け入れ先が報告していたのかもしれないし、あるいはバレなければよい、ということなのかもしれない。

4年前の10月、デルタ地域の民家で一泊した時は、外国人が泊まることは当局に報告してあるから大丈夫、とその家のカレン人が言っていた。

この時の旅では無許可でヤンゴンのカレン人の家に泊まったこともある。帰国する前日のことだ。

日本で働いていたことのあるカレン人が、ぼくに家に泊まっていけというのだ。日本にいる間から、彼の新宿の家に泊まっていたほどの間柄だから、不安はなかったが、外国人が勝手にホテル以外のところに泊まってはいけないということを知っていたので、そのことについて聞くと、

「夜だけいて、朝はさっさと出て空港に行けば大丈夫だ」

という。帰る前日だからちょっとぐらいいいだろうと、彼の家で夜を過ごすことにしたのだった。

その夜は別のカレン人の友人を呼んで、夜遅くまで酒を飲んだ。客たちが帰って、その友人と2人で話しながら、テレビを見ていると、不意に外でノックする音がした。

彼はぼくに陰に隠れてじっとしているようにというと、外に出て行って誰かとしばらくやり取りしてから戻ってきた。

もう大丈夫か、とぼくが小声で聞くと、彼はうなずく。彼が言うには近所で火事が起こったため政府関係者が一軒一軒尋問して回っているのだという。

この火事が本当にあったのかどうかは知らない。少なくとも彼に家にいる間、そんな物音を聞きはしなかった。

ビルマでは、当局が真夜中にやってきて尋問するのはざらにある。これもおそらくその類いだったのだろうが、このときもしぼくの存在がばれていたら、もしかしたら少し面倒くさい事態になり、友人は多少の出費を強いられたかもしれない(つまり賄賂でことを済ますということだ)。

スーチーさんの起訴の真の原因に関しては、自宅軟禁の延長と2010年の選挙での影響力の排除を目論んだものであるとの見方が強い。

これはもちろん正しい見方だろうが、もうひとつヤンゴンの住民管理上の要請という理由もあるように思う。

なぜなら、スーチーさんは間違いなくビルマでもっとも有名でもっとも影響力の大きい人物だが、それほど人が外国人を無許可で家に泊めた(これが事実であるかは別にして)という事態は、ヤンゴンの住民管理法を根底から揺るがすからだ。

ヤンゴンの市民は、無許可で他人を泊めることにいかなるためらいも感じなくなるだろう。夜中の人々の動きが活発化し、それはたちまち小規模な政治的集会へと発展し、やがてある白昼、爆発的なデモがヤンゴン中を吹き荒れるだろう。これは、ビルマ軍事政権の存続にも関わるのである。

もちろん、これは軍事政権がヤンゴン市民に抱いている懸念、より適切には恐怖であり、実際にこれが起こりうるかどうかとはまた別の話だ。また、スーチーさんが今回の「侵入事件」で、こうしたことを念頭に置き、ヤンゴン市民を刺激しようとしてた、などということもありえない。

だが、軍事政権の目から見れば、スーチーさんはあたかも当局の住民管理法に逆らうことで当局を挑発し、そうすることでヤンゴン市民に蜂起を呼びかけているかのように映ったのである(独裁者とは臆病なものだ)。

ゆえに、軍事政権がスーチーさんを起訴するのは当然なのだ。

とはいえ、だからといって、この起訴はいかなる意味でも正当化されえないのはもちろんのことだ。

ビルマ政府に同情的な人は、そもそもスーチーさんが法を破ったのだから当然のこと(もっとも、スーチーさんはそのアメリカ人を自宅には入れなかったという)、と考えるかもしれない。

だが、そもそも、田舎からやってきた両親を勝手に家に泊めたり、友人たちと気ままに家に集まって朝まで楽しむことも許すこともできないほど、国民にビクビクしているこの臆病きわまりない政府こそ、おかしいのだ。