2009/04/22

本当に「長井さんのおかげか」(2)

田中龍作記者によるビルマ難民問題に関する記事へのコメントの続き(「長井さんのおかげ」在日ビルマ人在留特別許可急増[JAN JAN])。 前回は、この記事の主張する「在留の特別許可を受けた在日ビルマ人の数が急増している」という事実が本当にあるのか、という点に関して論じた。

要点をいえば次のようなものだ。

確かに統計上は急増はしているといえる。だが、その「急増」の理由が、記事で主張されているように入管が「送還は人道にもとると判断した」からであるとは、簡単には言えないのではないか?

つまり、ここ数年の難民申請者数の傾向と、審査にかかる時間を考慮すると、その急増の背景には、単なる申請者の増加という要因も無視できないからだ。要するに申請者が増えたから在留特別許可も増えたに過ぎないということだ。

この認識は重要だ。なぜなら記事の論の運びは次のようなものになっているからだ。

「ビルマ人在留特別許可者が急増」
       ↓
「入管が人道的な判断をするようになった」
       ↓
「その背景には2007年の長井さんの非業の死がある」
       ↓
「長井さん、ありがとう!」

ところが、数字を見るかぎり、この「急増」を入管の態度変更にそのまま結びつけるのはやや早計のように思える、というのがここでの結論であるから、この論の成り立ち自体、アヤシくなってくるのだ。

しかも、増加しているのは難民認定ではなく在留特別許可だ(記者が記事中でこの区別を認識しているのかどうかは分からないが)。

認定難民と在留特別許可者がどのように違うかというのは、いろいろな側面から論じることができるだろうが、重要な違いのひとつは認定難民が難民条約という国際的な枠組みの中で規定される地位であるのに対し、在留特別許可は、人道的に在留を認めるべきだ、と日本政府が個別に判断して与えるドメスティックな地位であるということだ。

とすると、在留特別許可の増加は、やはり日本政府がビルマ難民に対して人道的に配慮をはじめた結果なのではないか、と考える人もいるかもしれない。

だが、実際はその逆である。その理由を次に挙げる。

1)在留特別許可は、申請者の難民性の否定を前提としている。

在留特別許可は、通常、難民不認定の通知の直後に行われる。つまり「あなたは難民ではないですが、人道的な理由から滞在を認めますよ」ということだ。しかし、もし法務省がビルマ問題について人道的見地から取り組んでいるのならば、その認識はなによりも難民性の認定そのものに表れるべきではないのか。

これがもし、他の難民条約署名国ではビルマからの難民についてその難民性を高く評価していない、というような状況があり、これに対して日本政府が「難民とは認められないが、我が国独自の判断でビルマ難民の滞在を認めよう」という理由で、在留特別許可を増やすのならば、話は分かる。しかし、世界のビルマ難民の受け入れ状況を見るかぎり、事態はその反対のようである。

2)法務省のいう「人道配慮」の基準が明らかではない。

難民条約には誰が難民なのかということについての規定があるが、日本の法務省の下す「人道配慮」にはそのような明文化された規定はないようだ。要するに「人道」とはいうものの、あくまでもこれは法務省のいう「人道」なのであって、その人道配慮は、基本的人権なり、普遍的人間性に基礎をおくものではなく、むしろ法務省のさじ加減ひとつで変わりうる「法務省的配慮」である可能性が高い。

だから、法務省が予告なく態度を変えて、ビルマ国籍者の在留特別許可が急にゼロになる可能性もありうるのだ(ビルマで2010年に行われる選挙以後、それはありうるだろう)。

別の見方をするならば、在留特別許可のこのような恣意性こそが、その「乱発」に通じているともいえる。法務省としては認定難民を増やしたくはないのだ。そして、認定難民は国際的な枠組みの中で規定されているため、一度認定数を大幅に増やしてしまったら、難民条約署名国の立場からしても、また役所的前例主義からしても、減らすのは難しい(現在のところ認定数50前後を維持しようとしているように見える)。その点、在留特別許可制度は、便利だ。自分の国のなかですべて処理できるからだ。

だから、在留特別許可の急増とは、国際的な問題である難民問題を国内問題として処理するための法務省の作戦であるとする見方も成り立ちうる。

とすると記事の主張する「ミャンマーへの送還は人道にもとる、と当局が判断した」という点についても、それが本当かどうかはかなり疑わしくなってくる。

これまでの入管の態度を観察していると、法務省としてはむしろビルマ人難民申請者を全員帰してしまいたいようにすら思える(かつてほどではないにせよ、収容中の難民認定申請者がまず直面するのが、入管職員による「帰れ」攻撃だ)。

だが、そのいっぽう法務省は実際にはビルマ人を送還できない状況があることも理解している。かといって、難民認定を増やすわけにもいかない。こうした状況における窮余の策として法務省は在留特別許可制度を乱用しているに過ぎないのであり、その口ぶりとは裏腹に「人道」とはたいして関係がないのだ。

もちろん、ビルマ国籍者の難民認定申請者を強制送還しない、というのはひとつの人道的配慮、ある程度は評価できる配慮、である。だが、ぼくの知るかぎり2003年頃から入国管理局が帰国を拒否するビルマ難民認定申請者を強制送還していないということを考慮すれば、この配慮は、長井さんの死とはまったく無関係だ。

それゆえ、入管の判断の変化には「内外にビルマ軍事政権の非道さを訴えた長井健司さんの死が、大きく影響している」という記事の主張にも疑問符をつけざるをえないのである。