2011/02/05

ベンアリの顔(6)

キリスト教徒もいる。しかし、これはエジプトのコプト教会のように古代キリスト教の流れで今なお存続しているというわけではなく、ほとんどがフランスの植民地だった頃に移住してきたヨーロッパ人とその子孫だ。

これとは別に、元々ムスリムであったのにキリスト教徒に改宗する人もいる。これにはアメリカなどの宣教師の影響という外的要因もないとはいえないが、そればかりではない。

チュニジアの社会、政治、宗教に反対する若い人が、その態度表明のひとつとして、改宗するという国内的な要因もあるのである。もっとも、これはほんのわずかな人々で、イスラム教を棄てるのならば、無神論者になるほうが手っ取り早い。

いずれにせよ、学生時代に反政府活動していた人が、政治活動に見切りを付けたものの、それでも今の国の状態に納得行かない場合、イスラムに対するアンチテーゼとして、無神論やキリスト教に惹かれるというのはわりと理解できる話だと思う。チュニジアでは国民がムスリムであることが前提であるから、改宗や棄教そのものがイスラムへの重大な挑戦(国家側から見れば脅威)と見なされるのである。

さて、これからお話しするのは、そのような改宗者のひとり、つまり政府への抵抗のひとつの形としてイスラムからキリスト教へ宗旨替えをした人物についての実話である。

この男、チュニス郊外に小さなレストランを開いた。店内にはもちろん、ベンアリ大統領の写真など張りはしなかった。そのかわり、彼は大胆にも、イエス・キリストの肖像画を飾ったのである。

当局がすぐさま駆けつけて警告する。大統領閣下の写真がないだけでもけしからんのに、イエスの肖像とは何事か、というのである。「警告通りにしないと、営業許可を取り消すぞ!」

これには店主も従わざるを得ない。しかし、考えた。

翌日、政府関係者が店を訪れると、ベンアリの写真がきちんと飾られている。だが、真っ赤になって怒り出すではないか。

「おい、どうして大統領閣下の写真の上にイエスの写真が飾られているのだ! わが国家をバカにしているのか!」

店主、答えて曰く「チュニジアをバカにするなどとんでもない。これは仕方がないのです。なにしろベンアリはただの大統領ですが、イエスは『王の中の王』ですからね!」

「王の中の王」 とは聖書でイエスや救世主を指し示す常套句だが、男はこれに引っ掛けると同時に、それとなくベンアリが「王」であると揶揄したのである。