2016/01/25

死者の名前(6)

彼は独身で、結婚歴もない。ただ、ビルマに母と姉がいるきりだということだ。

遺体が発見された当日、同僚がビルマに電話すると姉が出て、弟の死のことは母には知らせないようにしてくれと頼まれたそうだ。

というのも、彼の母には心臓の持病があり、また、つい最近もう一人の息子を亡くしたばかりだという。たった一人残された息子の訃報が最後の一押しをするのではないかと慮ってのことだ。

そのようなわけで彼の葬儀は行わないということになった。どのような経路で母に伝わるかわからないからだ。今頃彼の骨は東京のどこかに落ち着いていることだろう。

彼の死を知らせてくれた人はわたしにも念押しした。「このことは絶対に話さないでくれ」と。

だが、わたしはここに彼のことを書いた。なぜなら、わたししか彼のことを書く人はいないように思えたから。そして、こうしたことはすぐに書かないと忘れてしまうものだ。しかし、名前を含めて特定されうるようなことには触れなかったつもりだ。

彼は背が高く、長髪で、黒い革ジャンに革のズボン、しかも鋲や鎖が付いてるごついものが好みだった。まるでロックミュージシャンのようだったが、身のこなしはヒョロヒョロとして乱暴なところはなかった。同様に性格も温和で、怒りとは無縁だった。少々頼りないところはあったが、人々はそれを大目に見ていた。それを補うだけの人柄の良さがあったからだ。

斟酌すべき事情のために失われた死者の名前の代わりに、彼についてわたしの知るところをここに書き記した。

去年の8888デモ。