2014/12/06

『アボーション・ロード』第7章 地の獄の囚人たち(12)

それはともかく、みんなとてつもない代償を支払ってるんだ。ビルマ国内のあらゆる刑務所で、日本の入国管理局で、タイ・ビルマ国境の難民キャンプで、インド、マレーシア、シンガポールの難民コミュニティで、あらゆる人々が、大人も子どもも命をすり減らしてきた。何百万もの命が活路もなくどぶに流れ込むばかり。たいした犠牲だ。わたしはこの犠牲に耐えられん! どうしてそんなことがあり得るのか不思議で堪らない! で、わたしはあの十八年モノにしつこく尋ねるわけだ。どうやったら、この命の浪費を耐えることができるのかと? どうやって希望を? ココジーに最後の質問だ。「簡単にいえば三つのポイントがある」 ありがたいことに、あらかじめ整理してあった! 「ひとつは政治的な信念。われわれは自分が国のためにした活動を決して後悔しなかった。自分が正しいことをしていると信じていたのだ。後悔しないというのが大切だ。二つ目はユーモアのセンス。われわれは自分たちが直面している困難、日々の問題をジョークにしたものだ。そして最後は、宗教。われわれの大部分は仏教徒なので、仏教的な観点、仏教思想から事態を捉えようとしたんだ。結局、自分の牢獄を作るのは自分なのだ。人間は母の子宮から生れる。これは牢獄みたいに狭い場所だ。手足を十分に伸ばすこともできない。いっぽう、われわれの監房は八フィート(二メートル五〇センチ)掛ける八フィート、これはまったく十分な広さだ。ならば、牢獄の生活をどうして恐れることがあろう? それに誰もがいつかは死ぬ。われわれはすでに死刑を宣告されているのだ。刑務所も刑罰も恐るるに足らない、正しいことをしているのならばね。これが、獄中生活を生き抜くためにわれわれ自身が得たインスピレーションだ」

事務所の一階で食事中。

『アボーション・ロード』「第7章 地の獄の囚人たち」についてはまえがきを参照されたい。