2012/06/20

アラカンとロヒンギャ(4)

今回のアラカン州での出来事の本質が、アラカンVSロヒンギャではなく、タインインダーVSロヒンギャであることについて書いたが、そこで見られるロヒンギャに対するビルマ国民(の大多数)の反応は、ある種の民族主義、いうならばタインインダー・ナショナリズムとでもいうべきものだ。

しかしながら、タインインダーの中でも、この「タインインダー・ナショナリズム」への向き合い方は、当事者であるアラカン民族、そうではないビルマ民族、それ以外の非ビルマ民族とでは異なっている。

まさに自分たちが当事者であるアラカン人にとっては、この問題はなによりもアラカン民族主義の問題であり、タインインダー・ナショナリズム的性質はその後にやってくるものだ。

いっぽう、当事者ではないビルマ民族にとっては、これははじめからタインインダー・ナショナリズム的問題として捉えられている。すなわち、多くのビルマ民族がこの問題に過剰な反応を示しているのは、アラカン州が「侵入者」に奪われようとしているからではない。タインインダーの土地が、つまりビルマの国土が侵犯されていると感じているからなのである。

これは一見アラカン人の反応と同じように見える。しかし、まったく違う。ビルマ民族がタインインダーの土地を侵犯されたと怒っているのは、アラカン人が自分たちのかつての王国の土地が奪われたと怒っているのとは全然違うのである。

ビルマ民族にとっては、アラカン州はビルマ民族の支配地なのであり、そこが「よそ者」に侵犯されたから怒っているのである。

だから、仮にアラカン人がアラカン州をここは自分たちの土地であり、ビルマ民族が奪ったのだ、と反抗するとすれば、ビルマ民族は総力を挙げてこれを押しつぶそうとするであろう。そして、これがカレン人、カチン人、シャン人などの諸民族とビルマ民族の政府との間でまさに起きていることだ。

要するに、ビルマ民族にとっては、タインインダー・ナショナリズムとは、ビルマ民族ナショナリズム(大ビルマ民族主義。ビルマ民族こそが他の民族を支配すべきだという考え)の別名なのである。

そして、このタインインダー・ナショナリズムに隠された大ビルマ民族主義を、アラカン以外の非ビルマ民族が気がつかないわけがない。これらの民族にとっては、ビルマ民族の覇権主義こそが最大の脅威なのであるから。

アラカン州の今回の事件について、非ビルマ民族の中からこういう声も聞かれた。「アラカン人とロヒンギャの対立は実はビルマ政府が仕掛けたのだ」と。以前はともかく今回は必ずしもそうではないとわたしは思っているが、こういうコメントが非ビルマ民族の中から出ること自体、多くの非ビルマ民族がこの問題を大ビルマ民族主義と関連づけて解釈していることの現れであろう。

いずれにせよ、アラカン以外の非ビルマ民族は、ロヒンギャに関する問題に関しては、きわめて慎重な対応を見せる(これは今回に限ったことではない)。まず、ビルマ民族と一緒になって声高にタインインダー・ナショナリズムを訴えるわけにはいかない。なぜなら、それは大ビルマ民族主義を承認することになりかねないから。しかし、だからといって、この問題を無視するわけにはいかない。なぜなら、それはアラカン人を孤立させることになり、ビルマ民族に対する非ビルマ民族の連帯を根底から崩しかねないから。

一番大変なのは、アラカン人だ(もちろん、ロヒンギャを除いて)。ビルマ民族は安全なところから「やれやれ、やっちまえ!」と煽り立てるばかり。かといって他の非ビルマ民族はのらりくらりして本当のところ当てにならない(それに自分たちの問題で手一杯なのだ)。実際、誰も自分たちの苦しみと怒りを分かってくれないのだ。

今回の出来事に関するアラカン民族のリアクションを批判するのはあるいは簡単かもしれない。特に、民族の問題に疎い日本人にとっては。だが、そんなことをしても何も変わらないのだ。アラカンの人々たちの苦悩と恐るべき孤独を感じ、これらの人々の立場に立ってみることなしには、今回の衝突がどのように生じたのかも理解できないだろうし、また再発を防ぐこともできないだろう。

さて、次にアラカンの人々からロヒンギャの人々へと話を移そう。