以下の文は、在日ビルマ難民助けあいの会(BRSA)機関誌「セタナー」第4号のために昨年書いたビルマ難民会員向けの記事ですが、ビルマ語に翻訳してもらうには長過ぎたためボツにしたものです。
「あなたはビルマから逃げるときに、正規の自分名義のパスポートを取得し、それを使ってヤンゴン空港から出国したと言っています。一方あなたはビルマ政府に逮捕される危険があるとも主張していますが、もし本当にそうならば、自分の名前でパスポートを取ることも、ヤンゴン空港から逃げることもできなかったはずです。それゆえ、あなたの主張は嘘であり、難民と認めることはできません」
これは難民不認定理由として入管が繰り返す理由ですし、皆さんの中にも同じようなことが不認定理由書に書かれていた人がいるかもしれません。
これはもちろん誤った考え方ですが、皆さんにまず気がついてもらいたいのは、これは日本人の目からみればこれはまさにその通りだということです。
日本ではある人物が指名手配された場合、その情報は短い間に、日本全国の警察やその関連する組織に連絡されます。外国に逃亡する恐れのある人物であれば、空港で厳重な警戒体制がとられ、指名手配された人はだれにも気づかれずに外国に出ることはまずできないといっていいでしょう。
わたしは警察関係者ではないので、日本の警察が本当にそんなに有能なのかどうかはわかりませんが、わたしは少なくともそのようなイメージを持っています(もっとも最近、警察も入管も、指名手配犯を見逃すという失態をそれぞれ演じていますが)。
そして、おそらく難民認定審査に当たる人も警察の実情は知らないにせよ、わたしと同じようなイメージを持っていることでしょう。いや、多くの公務員は自分の組織に誇りを持っているはずですから、民間人のわたしが思うよりもずっと強く日本の警察を信頼しているかもしれません。
なので、たいていの日本人はあなたが「軍事政権に命を狙われているため正規のパスポートを取ってヤンゴン空港から逃げ出した」という事実を理解できないのです。それどころか「こんなことはありえない。きっと嘘をついているに違いない」とあなたについて結論づけるのです。
これは仕方のないことです。日本人は、パスポートをとるのにブローカーやワイロが欠かせない社会を想像できないのです。お金を払えばどんな名前のパスポートも作れる政府も想像できないのです。公務員がまともに働くことができず、みんながバラバラに行動し、連絡も、管理も、調整も、合意も、協力も存在せず、ただ脅しだけが存在する政府を思い描くことができないのです。
もちろん、日本の公務員もワイロを受け取ることがあります。しかし、そうした事件はほとんどの場合、ギャンブルや女性問題で多額のお金を必要とする人が起こす特殊なケースのようです。ビルマのように普通の公務員がワイロをとるのとは事情が違います。ビルマでは、政府が給料を払ってくれないため仕方なく生活のため普通の公務員がまるで手数料のようにワイロを取るのです。ワイロを受け取らない公務員のほうが特殊なのです。そして、そうしたワイロを受け取らない公務員が「融通の利かない悪い公務員」として責められ、ひどい場合には反政府主義的だとして逮捕される社会なのです。これはまったく日本人の理解を超えたことです。なぜなら、日本社会ではワイロを受け取るような公務員はいずれ警察に逮捕されるものですから。これはいかに軍事政権下のビルマで、正義が期待できないかの一つの事例です。
このような政府だからこそ、あなたをはじめとする多くの国民が国から逃げざるをえないのですが、それでも日本人は自分の国の政府しか想像できませんから、ビルマの政府も日本の政府と同じようなものだと想像するのです。これは日本人の想像力が足りないことに由来するのですが、誰もが想像力豊かなわけではないのでこれは仕方がないことといわなければなりません(そもそも、自分の国から逃げ出すこと自体が日本人には想像できないのです)。
だからこそ、難民認定申請する皆さんが、日本人がわかるように、想像できるように話すことが重要になるのです。ここで必要なのは皆さんの想像力です。日本人にとって何がわからないかを想像しながら、自分が難民であることを説明しなければならないのです。自分が正しいと思うことをそのまま話せば相手が理解してくれると思ったら大間違いです。常に相手の立場に立って自分のことを話すことを心がけなければなりません。
こんなことを書くと、不愉快に思う人がいるかもしれません。日本は難民条約に加盟しているのだから、それくらいのことは理解していなくてはならない、それなのに相手のせいにするとは日本人というのは本当に傲慢だ、と。確かにそうかも知れませんが、傲慢というものはたいていの場合、無知から生じます。それゆえ、相手がわかるように話すというのは、相手の傲慢を治療する一番の薬なのです。そして、重要なのは、日本社会というのは鈍感で傲慢かもしれませんが、ビルマ政府に比べればずっと頭が柔らかいということです。何度も何度も諦めずに繰り返しいえば、いつかはきっと理解します。日本の難民政策も、多くの難民たちがこつこつと諦めずに自分の思いを訴えてきたために、少しずつ変わってきたのです。
最後にあなたのパスポートに関して入管が上記のように主張してきたらどのように答えるべきかについていくつかのポイントをまとめておきましょう。わたしはビルマの国民ではないので実際には皆さんのほうがよくご存じでしょうが、それだけでは十分ではなく、日本人がわかるように話を整理する必要もあるのです。
1)ビルマではパスポートを取得するのにブローカーを利用しなくてはならない(ところで、ここでわたしが想定しているのは、多くの難民が来日した1988年から数年前までのことです。最近は事情が違ってきているかもしれません)。
2)ブローカーを通じないでパスポートを取得することもできるが、とんでもなく時間がかかる。
3)そのため、実際にはブローカーを利用するのが唯一の手段となっている。
4)ブローカーを通じてパスポートを作るので、お金さえ払えば、政府に追われている人でも、自分の名前で、あるいは偽名でパスポートを作ることができる。
この4)には二つの理由が考えられます。
まず最初の理由は政府の機能不全に求められます。パスポートを作る部署と、政治犯を追う部署はまったく別の部署ですが、まともな政府であるならば、相互に連絡が行われ、情報交換が行われているはずです。たとえば、日本で指名手配されている人がパスポートの取得のために公的機関に出向いた場合、その公的機関の職員があらかじめ警察から連絡を受けており、手続きの過程でその人について気がつき、警察に通報するということは十分ありうることです。しかし、ビルマの場合は政府の各部分の連絡がまったく行われず、機能していない状態なので、一方の情報が他方に行き渡ることはありません。またたとえ伝達されたとしても、その速度は非常に遅いので、迫害された人が迅速に行動すれば政府の目をくぐり抜けることは可能なのです。
しかし、たとえパスポートの部署が申請した人が政府に追われている人だと気がついていたとしても、それでもその事実はパスポート発行の妨げにはなりません。なぜなら、その部署の職員がその事実を警察や軍の情報部に通報することは考えにくいからです。その職員が軍の関係者であっても関係ありません。いや、軍の関係者であればなおさら結構です。
ではどうしてそんなことが起きるのか。これは簡単です。そのためにブローカーがいてワイロがあるのです。
ある職員がいるとしましょう。あなたのパスポートの申請書類を見て、あなたが軍に追われている人だと気がつきます。だが、彼は同時に、その書類を懇意のブローカーが持ってきたこと、そして、その書類の中にお金の詰まった封筒があることも知っています。その職員はとんでもない不正が行われていると怒って当局に通報するでしょうか。その通報を受け取った軍関係者が直ちに動いて、「悪人」が逮捕されて、その職員が感謝されるということが期待できるでしょうか。実際に起こりうるのはまったく逆の事態です。その職員はその通報のせいで困った事態に陥る可能性があるのです。なぜならその通報を受けとった軍人が、ブローカーのボスであるということも大いにありうるのです(たいていのブローカーは軍関係者です)。あるいはそうでなくても、その潔白な職員は上司に睨まれる結果になるかもしれません。何せみんなワイロを貰っているので、それを拒否することは職場に波風を立たせることなのです。ひどい場合にはその上司はさらに上級の軍人にその職員について悪意のある告げ口を行い、激しい弾圧に晒されるかもしれません。もしそうなれば、その職員は職も家族も失うことになりかねないのです。
もはやその職員がすべきことは明らかでしょう。どうしてワイロを拒否できるでしょうか。受け取るのがもっとも安全なのです。しかも、そのお金で家族の生活が豊かになるときてはなおさらです。その職員は黙ってワイロを懐に入れ、粛々とブローカーの意のまま手続きを進めることでしょう。
5)自分名義のパスポートであっても、堂々とヤンゴンから出国することができるのは、その出国の際にもブローカーが同行し、入管幹部と問題がおこらないように仕切るからである。
どうして問題が起きないのか? それは先ほど述べたパスポート担当の職員の場合と同じです。入管幹部にとっても黙ってワイロを受け取り、見過ごすのが一番安全な選択肢なのです。
これこそが政府の腐敗です。日本の社会にもそのような腐敗がないとはいえませんが、しかし幸いなことにビルマのように社会全体に及んでいるわけではありません。多くの国民が日本の政府を信頼しています。多くの公務員がそれに応えようと働いています。政府や行政を批判し、改良していく仕組みも機能しています。そうした社会に暮らす日本人にとって、ビルマの状況というのはまったくの不可解なのです。
「あなたはビルマから逃げるときに、正規の自分名義のパスポートを取得し、それを使ってヤンゴン空港から出国したと言っています。一方あなたはビルマ政府に逮捕される危険があるとも主張していますが、もし本当にそうならば、自分の名前でパスポートを取ることも、ヤンゴン空港から逃げることもできなかったはずです。それゆえ、あなたの主張は嘘であり、難民と認めることはできません」
これは難民不認定理由として入管が繰り返す理由ですし、皆さんの中にも同じようなことが不認定理由書に書かれていた人がいるかもしれません。
これはもちろん誤った考え方ですが、皆さんにまず気がついてもらいたいのは、これは日本人の目からみればこれはまさにその通りだということです。
日本ではある人物が指名手配された場合、その情報は短い間に、日本全国の警察やその関連する組織に連絡されます。外国に逃亡する恐れのある人物であれば、空港で厳重な警戒体制がとられ、指名手配された人はだれにも気づかれずに外国に出ることはまずできないといっていいでしょう。
わたしは警察関係者ではないので、日本の警察が本当にそんなに有能なのかどうかはわかりませんが、わたしは少なくともそのようなイメージを持っています(もっとも最近、警察も入管も、指名手配犯を見逃すという失態をそれぞれ演じていますが)。
そして、おそらく難民認定審査に当たる人も警察の実情は知らないにせよ、わたしと同じようなイメージを持っていることでしょう。いや、多くの公務員は自分の組織に誇りを持っているはずですから、民間人のわたしが思うよりもずっと強く日本の警察を信頼しているかもしれません。
なので、たいていの日本人はあなたが「軍事政権に命を狙われているため正規のパスポートを取ってヤンゴン空港から逃げ出した」という事実を理解できないのです。それどころか「こんなことはありえない。きっと嘘をついているに違いない」とあなたについて結論づけるのです。
これは仕方のないことです。日本人は、パスポートをとるのにブローカーやワイロが欠かせない社会を想像できないのです。お金を払えばどんな名前のパスポートも作れる政府も想像できないのです。公務員がまともに働くことができず、みんながバラバラに行動し、連絡も、管理も、調整も、合意も、協力も存在せず、ただ脅しだけが存在する政府を思い描くことができないのです。
もちろん、日本の公務員もワイロを受け取ることがあります。しかし、そうした事件はほとんどの場合、ギャンブルや女性問題で多額のお金を必要とする人が起こす特殊なケースのようです。ビルマのように普通の公務員がワイロをとるのとは事情が違います。ビルマでは、政府が給料を払ってくれないため仕方なく生活のため普通の公務員がまるで手数料のようにワイロを取るのです。ワイロを受け取らない公務員のほうが特殊なのです。そして、そうしたワイロを受け取らない公務員が「融通の利かない悪い公務員」として責められ、ひどい場合には反政府主義的だとして逮捕される社会なのです。これはまったく日本人の理解を超えたことです。なぜなら、日本社会ではワイロを受け取るような公務員はいずれ警察に逮捕されるものですから。これはいかに軍事政権下のビルマで、正義が期待できないかの一つの事例です。
このような政府だからこそ、あなたをはじめとする多くの国民が国から逃げざるをえないのですが、それでも日本人は自分の国の政府しか想像できませんから、ビルマの政府も日本の政府と同じようなものだと想像するのです。これは日本人の想像力が足りないことに由来するのですが、誰もが想像力豊かなわけではないのでこれは仕方がないことといわなければなりません(そもそも、自分の国から逃げ出すこと自体が日本人には想像できないのです)。
だからこそ、難民認定申請する皆さんが、日本人がわかるように、想像できるように話すことが重要になるのです。ここで必要なのは皆さんの想像力です。日本人にとって何がわからないかを想像しながら、自分が難民であることを説明しなければならないのです。自分が正しいと思うことをそのまま話せば相手が理解してくれると思ったら大間違いです。常に相手の立場に立って自分のことを話すことを心がけなければなりません。
こんなことを書くと、不愉快に思う人がいるかもしれません。日本は難民条約に加盟しているのだから、それくらいのことは理解していなくてはならない、それなのに相手のせいにするとは日本人というのは本当に傲慢だ、と。確かにそうかも知れませんが、傲慢というものはたいていの場合、無知から生じます。それゆえ、相手がわかるように話すというのは、相手の傲慢を治療する一番の薬なのです。そして、重要なのは、日本社会というのは鈍感で傲慢かもしれませんが、ビルマ政府に比べればずっと頭が柔らかいということです。何度も何度も諦めずに繰り返しいえば、いつかはきっと理解します。日本の難民政策も、多くの難民たちがこつこつと諦めずに自分の思いを訴えてきたために、少しずつ変わってきたのです。
最後にあなたのパスポートに関して入管が上記のように主張してきたらどのように答えるべきかについていくつかのポイントをまとめておきましょう。わたしはビルマの国民ではないので実際には皆さんのほうがよくご存じでしょうが、それだけでは十分ではなく、日本人がわかるように話を整理する必要もあるのです。
1)ビルマではパスポートを取得するのにブローカーを利用しなくてはならない(ところで、ここでわたしが想定しているのは、多くの難民が来日した1988年から数年前までのことです。最近は事情が違ってきているかもしれません)。
2)ブローカーを通じないでパスポートを取得することもできるが、とんでもなく時間がかかる。
3)そのため、実際にはブローカーを利用するのが唯一の手段となっている。
4)ブローカーを通じてパスポートを作るので、お金さえ払えば、政府に追われている人でも、自分の名前で、あるいは偽名でパスポートを作ることができる。
この4)には二つの理由が考えられます。
まず最初の理由は政府の機能不全に求められます。パスポートを作る部署と、政治犯を追う部署はまったく別の部署ですが、まともな政府であるならば、相互に連絡が行われ、情報交換が行われているはずです。たとえば、日本で指名手配されている人がパスポートの取得のために公的機関に出向いた場合、その公的機関の職員があらかじめ警察から連絡を受けており、手続きの過程でその人について気がつき、警察に通報するということは十分ありうることです。しかし、ビルマの場合は政府の各部分の連絡がまったく行われず、機能していない状態なので、一方の情報が他方に行き渡ることはありません。またたとえ伝達されたとしても、その速度は非常に遅いので、迫害された人が迅速に行動すれば政府の目をくぐり抜けることは可能なのです。
しかし、たとえパスポートの部署が申請した人が政府に追われている人だと気がついていたとしても、それでもその事実はパスポート発行の妨げにはなりません。なぜなら、その部署の職員がその事実を警察や軍の情報部に通報することは考えにくいからです。その職員が軍の関係者であっても関係ありません。いや、軍の関係者であればなおさら結構です。
ではどうしてそんなことが起きるのか。これは簡単です。そのためにブローカーがいてワイロがあるのです。
ある職員がいるとしましょう。あなたのパスポートの申請書類を見て、あなたが軍に追われている人だと気がつきます。だが、彼は同時に、その書類を懇意のブローカーが持ってきたこと、そして、その書類の中にお金の詰まった封筒があることも知っています。その職員はとんでもない不正が行われていると怒って当局に通報するでしょうか。その通報を受け取った軍関係者が直ちに動いて、「悪人」が逮捕されて、その職員が感謝されるということが期待できるでしょうか。実際に起こりうるのはまったく逆の事態です。その職員はその通報のせいで困った事態に陥る可能性があるのです。なぜならその通報を受けとった軍人が、ブローカーのボスであるということも大いにありうるのです(たいていのブローカーは軍関係者です)。あるいはそうでなくても、その潔白な職員は上司に睨まれる結果になるかもしれません。何せみんなワイロを貰っているので、それを拒否することは職場に波風を立たせることなのです。ひどい場合にはその上司はさらに上級の軍人にその職員について悪意のある告げ口を行い、激しい弾圧に晒されるかもしれません。もしそうなれば、その職員は職も家族も失うことになりかねないのです。
もはやその職員がすべきことは明らかでしょう。どうしてワイロを拒否できるでしょうか。受け取るのがもっとも安全なのです。しかも、そのお金で家族の生活が豊かになるときてはなおさらです。その職員は黙ってワイロを懐に入れ、粛々とブローカーの意のまま手続きを進めることでしょう。
5)自分名義のパスポートであっても、堂々とヤンゴンから出国することができるのは、その出国の際にもブローカーが同行し、入管幹部と問題がおこらないように仕切るからである。
どうして問題が起きないのか? それは先ほど述べたパスポート担当の職員の場合と同じです。入管幹部にとっても黙ってワイロを受け取り、見過ごすのが一番安全な選択肢なのです。
これこそが政府の腐敗です。日本の社会にもそのような腐敗がないとはいえませんが、しかし幸いなことにビルマのように社会全体に及んでいるわけではありません。多くの国民が日本の政府を信頼しています。多くの公務員がそれに応えようと働いています。政府や行政を批判し、改良していく仕組みも機能しています。そうした社会に暮らす日本人にとって、ビルマの状況というのはまったくの不可解なのです。