2013/05/22

明暗

上野をぶらぶらしていたら、カチンの友人に出くわした。

もう10年近くも前のことだが、彼は茨城県の牛久に3年近くも収容されていた。

今は日本での滞在許可も得て、落ち着いた暮らしぶり、といいたいところだが、いつも振る舞いにこわばったところがあり、不安そうだ。

それは彼が心に恐怖を抱えているせいなのだが、これはビルマ軍の凄惨な弾圧の中を生き抜いてきた人々、とくに非ビルマ民族の人々が程度の差こそあれ共有している恐怖だ。

先に声をかけてくれたのは彼のほうで、わたしたちはアメ横の雑踏の中、しばし立ち話をした。

今携帯が使えなくなってしまったので、新しい携帯ができたら電話番号を教える、と彼は言った。

どうしてそんなことになったかというと、通話料金が彼の知らない内に9万円を超えていたのだという。不審に思って通話明細を見ると、覚えのない通話記録がある。誰かが不正使用しているのだ。

「それで、警察に行ったのです。すると警察はまず電話の会社に行けという。そこで電話の会社に行くと、警察に行けという……」

わたしは出口のない入管収容所に閉じ込められていた頃の彼を思い出した。

「……コンピューターに詳しい人に聞いたら、他の人がそんな風に勝手に使うなんてことはできないと言われました。ですが、わたしはそんなところに掛けた記憶はないのです」

彼の口の周りがかすかに痙攣するのに気がついた。携帯の話が終わると、わたしたちは別れた。彼は老眼鏡を買いに100円ショップに行く途中だった。

わたしは彼が経験してきたに違いないさまざまな理不尽を思った。入管への収容も、9万円の損もそのひとつだった。

さあ、暗く不景気な話はもうたくさんだ。別の非ビルマ民族がロト6で38万円を当てた!

彼は難民認定申請中でいろいろと困っていたが、ま、こういう幸運もあったっていいだろう。

彼はそのお金の一部をヤンゴンの家族に送金し、一部を自分の民族のために寄付し、さらにほんの一部、正確には700円ほどをわたしの昼飯のためにはたいてくれたのであった。