ドイツで難民認定されたビルマ人、Tさんから聞いた話。
Tさんが暮らしていたのはフランクフルトで、滞在資格を得てからは寿司屋で働いていた。
ある晩、いつものように店にいると、見知らぬ若い日本人が入ってきた。パスポートもお金もなくしてしまったので、働かせて欲しい、というのだ。Tさんは日本人の社長に電話したが、無理だという。
この若者が不憫になったTさんは、閉店まで待っているようにいい、その後、いくつか心当たりに連絡してやった。だが、あいにく無一文の外国人を雇ってくれるところなどなかった。
青年は途方に暮れて、しょんぼりしていた。Tさんは、日本で働いていた経験もあったから、多くの日本人を知っていた。どうやら、そう悪そうな人間にも見えなかった。
そこで、彼が事情を聞いてみると、青年は、ドイツに音楽の修行に来たのです、と語った。
「ですが、空港で置き引きにあって、全財産をなくしてしまいました。日本にいる親に連絡を取ってお金を送ってもらうつもりなのですが、時間がかかるようです。それまでどうしたらよいか、本当に分からなくて・・・・・・」
Tさんは言った。
「ならば、わたしの家にしばらく泊まりなさい。朝にはわたしと一緒に家を出て、わたしが働いている間は、公園かどこかで時間を潰しなさい。夜はこの店で待ち合わせてわたしと一緒に帰りましょう」
この提案に、青年は涙を流して感謝した。
Tさんはこの青年を注意深く観察していた。その人間性の善し悪しが問題であった。だが、いたって真面目な若者のようにみえた。彼はTさんの言いつけを良く守り、また金品をくすねたりなどもしなかった。
そこで、数日後Tさんは彼に自転車の鍵を渡し、「わたしが働いている間はこの自転車で好きなところに行きなさい」と告げた。
10日あまりが過ぎた。その間、Tさんは青年に寝場所はもちろん、食べ物まで提供した。毎朝、同じものを食べて外出し、毎晩、同じものを食べて、眠りについた。Tさんは自分がこの青年の善良さを確信したのは誤りではなかったと感じていた。
そして、ついに青年の元に両親からお金が届いた。青年は大喜びでTさんの前に立った。彼の手には、お金が握られていた。
「Tさん、このお金で・・・・・・」
Tさんは友人(そう、もはや2人はそう見なせるほどに腹を割って話せる間柄になっていた)をじっと見た。その目は輝き、頬は紅潮していた。もとよりそんな礼など期待していたわけではなかった。人間として当然のことをしたに過ぎない、と拒絶を仕草で示そうとしたTさんにむかって、青年は言った。
「このお金で、わたしを風俗に連れて行ってください!」
Tさんはそうしたところに足を踏み入れたことはなかったが、仕方なく案内してやったのだそうだ。