2014/01/10

カレン・ミステリー スーチーさんカレン人説を追え

ビルマの国民指導者であるアウンサンスーチーさんがカレン人だという噂がある。

もちろん,そんなことは彼女について書かれた本のどこにも書いてない(と思う)。また,そんなことをいうビルマ民族もいない。

しかし,カレン民族のなかには,彼女がカレン人である,あるいは少なくともカレンの血を引いている,ということを信じている人がいる。

以前,年配のカレン人男性が,わたしに英語の本を見せて,その説が本当であることを力説した。

その本のタイトルも著者も忘れてしまったが,それには,スーチーさんのお母さんのドウ・キンチーがポー・カレン(カレン民族のひとつ)であると記されていた。

つまり,スーチーさんはビルマ人であるアウンサン将軍とカレン人女性との間に生まれた子どもだというのである。

しかし,Wikipediaのキンチーさんのページは,彼女がカレン人クリスチャンであるという噂があることに触れた上で,これを完全に否定している。

もっとも,これも完全には信じられない。というのも,ビルマ民族の民族主義者からすれば,国母であるキンチーさんが,ビルマ民族でも仏教徒でもないというのは「不都合な真実」であるから。

そこで,ある機会にわたしはポー・カレン人の牧師に尋ねてみた。

すると,彼もやはり「そんなことあるわけない」と否定した。

しかし,その一方,ドウ・キンチーがキリスト教徒であることは否定しなかった。彼女は1988年に亡くなるが,そのとき彼女はキリスト教に改宗したというのだ。

そして,彼女がカレン人ではないことは,その死の床での改宗に立ち会った牧師からもたらされた確かな情報だという。

おそらく,この改宗の事実と,彼女がカレン人が大多数を占めるエーヤーワディ管区出身であるという事実から,カレン人だという噂が生じたにちがいない。

わたしはついに真相に到達した……かと思われた。

ドウ・キンチーは,エーヤーワディ管区の町ミャウンミャの出身だ。たまたまミャウンミャ出身のポー・カレン人と話す機会があり,スーチーさんのお母さんについて尋ねてみた。

「ああ,ドウ・キンチーの家なら,家から15分ほどのところだよ」と彼。

「そうなんですか! で,ドウ・キンチーがカレン人だという人がいるのですが」

「そうだよ! 半分カレン人の血が入っているよ。彼女の親戚はカレン人たくさんだよ」

驚いたわたしはさらに尋ねた。ドウ・キンチーの父と母のどちらがカレン人なのか,と。すると,その人は知らないと答えた。

つまり,この説も決定的ではない,というわけだ。

だが,少なくとも,死の床で彼女が自分がカレン人であることを否定したという情報とはこれは矛盾しない。カレン人を片方の親に持つ人が,カレン語をしゃべれず,また,ビルマ民族を自称するのはよくあることだから。

ミャウンミャで徹底的に調査すればもしかしたら分かるかもしれない。

とはいえ,どの民族出身だということが,本当のところ,今のスーチーさんに何か関係があるわけではないし,わたしもそれほど興味はない。

わたしにとって面白いのは,まず,このような噂がカレン人の間で流布していることだ。

そしてさらに,このように民族的出自がいつまでもはっきりしないという状況にこそ,大多数のカレン人の中にビルマ人が暮らしているエーヤーワディ地域の特色がかえって現れているのではないか,ということなのである。

2014/01/09

第67回ビルマ連邦日記念式典案内


入管はじめ

1月8日に品川の入管に行き,あるカレン人難民の身元保証人変更手続きをした。

手続きそのものは問題ない。問題なのは,入管に納めている30万円の保証金だ。

この30万円は前の保証人の名前で納められれているもので,これをそのまま,新しい身元保証人であるわたしの名前で納められる保証金に移してしまうことはできない。

わたしの名前で新たに30万円保証金を納める手続きが完了した後(すなわちわたしが公式に身元保証人となった後に)に,以前の身元保証人名義の保証金を引き出すことができる。

そして,わたしは以前の身元保証人から保証金を受け取るための委任状を委ねられており,すなわち,今回は,自分の名前で30万円の保証金を納め,そして前の身元保証人の30万円を受け取る,という2つのことをしなくてはならなかったのだ。

保証金を出し入れするのは,入管ではできない。田町の東京三菱UFJ銀行の日本銀行代理窓口に行かなくてはならない。

しかも,手続きの関係上,わたしたち(つまりわたしとカレンの人)は入管とこの日銀代理窓口との間を2往復しなくてはならなかった。最初に入管で手続きをし,次に銀行で身元保証金を納め,そして入管に戻り,今度は以前の保証金に関する手続きをし,ふたたび銀行に行き保証金を受け取り,その後入管に行き手続きを済ませたのである。

時間がもったいなかったので,入管と田町の間はタクシーで行き来した。片道1170円〜1250円,つまり2往復で5千円近くかかったが仕方がない。

入管で手続きを始めたのは,午前10時過ぎで,何としても午前中に終わらせようと頑張ったのだが,いろいろ手間取って,結局入管のお昼休みを跨いで,手続き完了の証しである「身元保証人変更許可書」を手にすることとなった。

さて,銀行への往還は4回とも違うタクシーだった。どのタクシーも親切だったが,最後に,つまり田町から入管に行くために乗ったタクシーはひと味違った。

行き先を聞いて走り出すや否や,後部座席のわたしたちに向けて「運転手の〇〇と申します。シートベルトをお締めください」と丁寧な要請。

きっちりしてる。安全優先なのだ。

さらに最初の信号で止まっている間にカーナビで「法務省東日本入国管理局」と入力してルートを確認している。

慎重だ。どんな近い距離でも気を抜かないのだ。この運転手,プロの中のプロに違いない。

と思ったら,入管手前の曲がり道で無理な車線変更して,白バイに追いかけられてた。

かわいそうに……ちょっと笑ったが。


2014/01/06

スーチーさんのサイン

昨年4月にアウンサンスーチーさんが来日したとき,在日ビルマ難民が彼女に直接会って話をする機会が幾度かあった。そのうちのひとつに出席したモウニーさん(KNU日本代表)がカレン民族衣装にサインをしてもらってきた。

それは特別な記念品として彼の部屋に飾られているはずだったが,1月5日カレン新年祭に行ってみると,ほかのカレンの人に貸してあげてた。

喜ばしいものは隠しておかないでみんなに見せてサービスする,というのが彼らしい。わたしだったら額に入れているところだ。



サインをもらったときの話を聞いたら,彼はスーチーさんがビルマ文字ではなくローマ字で世界中の誰にも分かるようにサインしてくれたことと,「KNUからとても大きな励ましをいただいている」と語ったことが非常に印象に残っているとのこと。

えらい人は一言で相手の心を掴む,とも。

まじめ

午後1時から6時までという長いカレン新年祭。

わたしは途中で帰ったが,そのうちで最高に盛り上がったのは,カレン民族同盟(KNU)日本代表のモウニーさんの歌「Sailing(Rod Stewart)」だ。彼はカレン民族の伝統の織物で仕立てられたスーツを脱ぎ捨て,Tシャツで歌いはじめる。


ワンコーラス後,そのTシャツすらも脱ぎ捨てる! 自慢の筋肉と入れ墨! 大喝采だ。


こんなふうにみんなを喜ばせようと張り切るのは昔と同じだ。KNU日本代表なんかじゃなかった頃から,カレン新年祭で一番に踊り出すのがモウニーさんだった(そんときは奥さんがいた……2人揃って踊るのは本当にかっこよかった!)。

さて,思い出も歌も終わり! 彼が最後に叫んでる。 

「みなさん,ほんとうにありがとう! わたしたちカレン人はまじめで〜す!」

裸でいう言葉じゃない。

後で話したら「わたしの先輩がぜひシャツも脱ぎなさいと言ったからああしました」ですって!

やっぱまじめ。

Karen New Year 2014 Program





カレン新年祭2014(Karen New Year)

日本では毎年最初の日曜日に行われるカレン新年祭が1月5日,池袋で開催された。

内容はいつもの通りで,カレン民族の伝統を伝える式典の後,食事と歌と踊りの第2部となった。

「式典は短くしてあとはハッピータイム!」(運営委員談)というわけで,メインはこのお祭り騒ぎだ。

今年はバンド演奏が例年よりレベルアップしていてこれもよかった。音楽にかけては「もうクレイジーよ」(運営委員談)というドラマーが導入した電子ドラムも活躍してた。

写真とビデオを少々。






小さなカエルの肉の料理を袋ごともらった。 




式典の時に披露されたカレンの伝統的舞踊(ドーン・ダンス)のビデオ。