
カレン人の反軍政組織、カレン民族同盟(Karen National Union)の議長、ソウ・バティンセイン(Saw Ba Thin Sein)が5月22日午前2時、ビルマ国内のKNU解放区内で亡くなった。パドー・マンシャのように暗殺されたわけでなく、病死と伝えられる。
DVBが報じている彼の略歴を以下に訳出する(KNU leader passes away)。
1927年3月11日 イラワディ管区ヒンダタにソウ・バセインとノウ・ティンミャッとの間に生まれる。9人きょうだいのうちの次男。
1946年 ヒンダタのアメリカン・ミッション・スクールの高校を卒業。
1949年 カレン民族革命(つまり民族解放の闘い)に加わる。
1963年 カレン民族同盟(KNU)中央委員会委員。
1970年〜1971年 KNUマゴイ・タヴォイ地区議長。
1978年 KNU教育文化局担当
1983年 KNU事務総長
2000年〜2008年5月 KNU議長
写真は2004年6月にKNU解放区で開催された第3回カレン・ユニティ・セミナーで、筆者が撮影したもの。このセミナーが終わると、病身のバティンセインさんは下の写真(2004年6月撮影)のように運ばれて、ジャングルの中に消えて行った。
これを見ていたあるカレン人、「これがカレンのヘリコプターさ!」


カレン民族同盟は日本にも支部がある。その支部の代表を務めるカレン人にある日本人が言った。
「おかげさまで、先日、子どもが生まれました」
「おめでとうございます。生まれたのは何日ですか?」
「3月11日です」
「それは素晴らしい! カレンの『大統領』ソウ・バティンセインと一緒ですよ!」
とあまり意味のない興奮をするくらいカレン人にとっては重要な人物だ。ボーミャ、マンシャと立て続けに指導者を失っているカレン人が受けた衝撃は大きい。
KNUの日本支部、KNU-Japanはソウ・バティンセイン追悼式典の準備をはじめたとのこと。