2015/12/07

もうひとつの選挙(5)

CNC-Japanの総会を締めくくるにあたり、会長のニンザルンさんが話し始める。

感謝の言葉、そして彼女自身の活動の振り返り。日本の他のビルマ政治団体との情報共有、2月の連邦記念日の参加、UNHCRや難民支援団体のとの協力など……。そして、ついに本題に入る。

「CNC-Japanの会員は現在110人います。うち18歳以下が11人です。そして今、この総会に来てくださっているのは19人です。80人の会員が来ていないのです。総会は本当は半分の人が来なくては成り立ちません。月例会に来る人もほとんどいません。会員たちはCNCの活動に関心があるのでしょうか?」

ニンザルンさんの表情は硬い。そして前に座る役員たちのも。

「ここでみなさんにお聞きしなくてはなりません。CNC-Japanを存続させるのかどうか、という問題です」

速やかに挙手で賛否が問われる。多数決でCNCの存続が決まる。

19人のうち、CNCの解散に賛同したのは4人だけ。ニンザルンさんら役員だ。

2015/12/06

入管よありがとう

定職に就きたいと思っているが、求職の試みはかならず惨めな拒絶に終わる。自分ができる非常にわずかなことも、まったく社会に必要とされていないということをこの歳になって知るのは愉快なことではない。

無能な人間はお払い箱にするのが社会の掟だ。我が国の輝かしき発展のために払わねばならぬ尊い犠牲である。

自分が無価値な生を生きているせいか、同じように命を浪費している人は放っておけない。その甲斐のない境遇のつらさが心に突き刺さるのだ。

そんなわけでわたしは入国管理局に行き、そこに収容されている人の仮放免のための身元保証人をしばしばする。

これらの人々は身元保証があれば、外に出られるかもしれないのだが、それをしてくれる人が見つからないばかりに、価値ある生き方をする機会を奪われているのだ。

身元保証人などわたしこそ欲しいくらいだが、それだけに保証されることのない惨めさは身に滲みてる。そんなわけでそうしてほしいという人がいれば引き受けることにしている。

もっとも、わたしごときの身元保証だ、何の権威もない。もっと立派な人がやれば覿面だろうが、わたしの場合はなんど申請しても不許可ばかりだ。被収容者のためを思ってする申請が、かえって収容を長引かせ、被収容者を苦しめている。これ以上に無様なことがあろうか。

それでも、ごく稀に申請が通って仮放免許可が下りることがある。

わたしの申請が認められることがあるのだ。

わたしは入管のしていることを憎み、ときに怒る。しかし、あらゆる申請や応募を社会から撥ねつけられてきたわたしを唯一認めてくれるのがこの入管だけだというのも、なんとも皮肉なことだ。


いっそ収容されたほうがマシかも……

懸命に捜索

銭形「いえ、奴はとんでもないものを盗んでいきました」

クラリス「……?」

銭形「入管のテレビです」

2015/12/05

もうひとつの選挙(4)

報告が終わると、討論会という形で会員たちが発言する機会が設けられていた。

まずは新メンバーが次々に自己紹介を始める。研修生として来日したものの結局東京に出てきたという若者がまず前に出る。どのように日本と出会い、日本にやってきたか? 一度はあきらめかけた夢……だが思いもよらぬチャンス! などと新人のくせにやたらと長い話をして、司会の気をもませてた。

4人の新メンバー紹介の後、古参のメンバーが立ち上がり、「原点に帰って活動しよう」と呼びかける。

そしてこれに応じて「今は会は活発ではないが、みんなできるだけ参加してほしい!」とぶち上げたのが、ほとんど顔を見たことないメンバー。わたしはてっきり新入りかと思ったほどで、ハウカンチャンさんが「自分もね!」と付け加える。彼女は役員たちの心の声を通訳したのだ。

とはいえ、チンの男性にしばしば見られるこういう呑気さはキライではない。

最後にもう一人、別の男性メンバーが訴えた。

「CNC-Japanが続いているのがうれしい。このグループがあったからこそ、今のわれわれがある。これからもよろしくお願いしたい」

役員たちに漂うピリピリした雰囲気、通訳の緊張感、会員たち支持表明の裏に見え隠れするある意図……さすがに鈍いわたしも事態を理解した。

ニンザルンさんたち役員は、CNC-Japanを解散しようという決意を持ってこの総会に臨んでいたのであり、会員たちはそのもっともな決意になんとか抗おうとしていたのだった。

「変わる時」が来たのだ。


2015/12/04

もうひとつの選挙(3)

総会は祈りから始まり、引き続いて会長のニンザルンさんの演説。役員に、会員に、そしてわたしに感謝を告げ、「変わる時が来た」という一言で締めくくる。

それは先月結ばれたばかりのチン民族戦線とビルマ政府との歴史的な停戦合意を指すに違いなかった。

総会の内容はといえば、活動報告、会計報告と例年のごとく。CWO-Japanの報告も同時に行われ、会長のジャスミン・ングンタンさんは「わたしたちにはまだやらねばならないことがたくさんある」と語る。

わたしの隣には、ニンザルンさんの娘さんのハウカンチャンさんが座っている。彼女は日本生まれではないが日本で育ったので、日本語には問題ない。それで、いつものように同時通訳してくれるわけなのだが、やがてわたしは彼女の様子がおかしいのに気がついた。

膝に置いた手を神経質に動かし、しきりに指でぐるぐると見えない円を描いている。彼女を緊張させるものがあり、それに耐えきれないという感じだ。

わたしはますますこの総会に不穏な印象を抱かずにはおられなかった。

2015/12/03

もうひとつの選挙(2)

確かに最近は活動が縮小気味であるとはいえ、ひとつの政治団体を運営していくのは大変なことだ。

自分の民族のためとはいえ、どうして自分だけが犠牲を強いられなければならないのか。そうした思いも、会が活発で発展しているのならば報われようが、事態はまったく逆だ。参加率も会費収入も減少するばかり、増えるのは徒労感ばかりというわけで、そんな重苦しさ、苦々しさが、年を追うごとに役員たちの間で色濃くなり、そして今年、それはどうも抑えきれないほどにまで達したようであった。

というのも、選挙委員として、大井町のきゅりあんの会議室に颯爽とやってきたわたしが直ちに嗅ぎつけたのは、役員たちを覆う並々ならぬ疲労感であった。いや、それどころか、得体の知れないピリピリした緊張感にたじろぎすらしたのだ。

それはわたしに居心地すら悪く感じさせるほどだった。今のところ世界でたった2人の「チン民族の友賞」受賞者であるわたしですらそうなのだから、並の人間ならば直ちに逃げ出して大井町の闇に身を投じていたことだろう(ちなみにもう一人の受賞者は田辺さん)。

そのようなただならぬ雰囲気の中、CNC-JapanとCWO-Japanの第14回目の年次総会が始まった。

2015/12/02

もうひとつの選挙(1)

ビルマで総選挙の投票が行われた11月8日、東京の片隅でも小さな総選挙が行われた。それは、日本に暮らすチン民族の政治組織、在日チン民族協会(CNC-Japan)と在日チン女性機構(CWO-Japan)の年次総会と役員選挙で、わたしは今年も選挙委員長として招かれた。

CNC-Japanの役員は、会長のニンザルンさんを含めほとんどが女性で、しかもその顔ぶれも毎年変わらない。

それは、ここ数年、彼女たちに代わって役員を引き受けようとする人が誰もいないからだ。つまり、多くの会員が、ビザを取った途端に活動に顔を出さなくなるので、役員をするだけの責任感の持ち主しか残らなくなるのだ。

もっともこれはチンだけの問題ではない。多くの団体でも同じことが起き、どこでも幽霊会員でいっぱいだ。これらの幽霊会員が享受している自由のいくばくかは、自分が所属している政治団体の政治活動、難民審査へのサポートとアピール、そして会員たちの苦労により獲得されたものに違いない。ならば、少なくともその分は会に貢献してくれるだろう……。だが、たいていの場合、役員たちのそうした期待は裏切られる。これら自由を我がものとした幽霊たちは、もはや「恩人」を顧みず、自分の人生を謳歌しだすのだ。もう成仏どころではないと言わんばかりだ。

とはいえ、わたしはそれは非難すべきことではないと思っている。というのも、誰にとっても自分の人生を生きることは重要であり、その経験なしには他の人間の生に関わること、つまり政治活動などできないからだ。

しかし、そうはいっても釈然としない、というのがCNC-Japanに限らず多くの活動家たちが抱いている思いでもある。