2013/06/25

マイジャーヤンの病院

ライザの病院に日本のODAによる設備があることを書いたら,ある方がこれが「草の根・人間の安全保障無償・ライザー人民病院(カチン州)医療機材供与計画」であることをご教示くださった。ありがとうございます。

外務省のODAのホームページの「草の根・人間の安全保障無償資金協力 地域・国別 平成17年度」に,そのことが記載されており,抜粋すると以下のようなものだ。

国:ミャンマー
G/C締結日:平成18年2月15日
分野:医療保健
案件名:ライザー人民病院(カチン州)医療機材供与計画
被供与団体名:ライザー人民病院
団体の性格:医療機関
邦貨:¥8,998,379

G/C締結日のG/Cって何,コード進行かな,と思って調べたら,「贈与契約(Grant Contract)」の略だそうだ。

さて,ライザの病院について触れたのだから,もうひとつのKIOの町,マイジャーヤンの病院の写真もご紹介しよう。撮影日は2012年6月30日。

 マイジャーヤンの町並み
戦争中なので人気がなかったが,今は活気も戻ってきているとか。

カチン語で書かれた病院の看板

「タバコ飲むな」とカチン語で書いてある。

入り口の待合所

病院から出て行く兵士たち

 怪我をしたカチン兵士と子ども

やはり怪我をした兵士

これも兵士

 病室の様子

病室の窓際に置かれた兵隊のおもちゃ

 
病院の責任者の医師
ここはKIOが運営している。

 病院受付の中

 看護師さん

2013/06/24

ライザの総合病院

ちょうど1年前の6月29日だが,カチン独立機構(KIO)の本部のあるライザに滞在した時,カチン独立軍(KIA)の隊長にライザ市内をあちこち案内してもらった。

そのうちのひとつにライザの総合病院があった。

わたしは病院のことは分からないが,その設備が最低限のものであることは察しがついた。いくつか立派な機械があり,そのうちのひとつは未熟児などが入れられる特別なベッドであったが,それらは日本のODAによるもののようであった。日の丸と「日本の国民から」と記されたシールが貼ってあった。

この病院には,他に看護師学校,看護師宿舎,伝統医学の医薬品倉庫などもあり,わたしはそれらも見て回ることができた。

病院はKIOが運営しており,ライザには他にKIO本部の近くの軍用病院がある。総合病院には,ライザ市民はもちろんのこと,傷痍兵も入院していた。ライザ近辺の戦争避難民キャンプからも重篤な病人が運ばれてくるという。

この総合病院でも治療できない病人やケガ人は,中国の芒市(マンシ)の病院などに運ばれる。

何枚か写真をここに紹介しよう。

ライザ総合病院

  診察室

診察室

ツボ人形

点滴をされて移送される女性の病人

看護師

 ケガ人とその息子

 看護師たち

 日本のODA

日本から寄付された装置

母と子どもの病棟

新生児用のベッド

 分娩室

母と子どもの病棟

女性の病棟

看護師学校

 看護師

2013/06/21

あいのりタクシーブルース

牛久駅から東日本入国管理センターまではバスで行くことができるが,2時間に1本もない。

そんなわけでタクシーで行くのが一番便利だ。ただし,片道2,500円は覚悟しなくてはならない。

最近は在日ビルマ難民たすけあいの会(BRSA)の仕事で行くことが多いので,タクシーを使わせてもらうが,以前はバスの時間に合わせて面会に行っていたものだった。

行きはいい。しかし問題は帰りだ。バスはそう都合よく来ないから,相当待たなくてはならない。やがて暗くなる。しかもかなりの田舎だ。明かりなんかない。人っ子ひとりいない。鬼太郎夜話! 心細いことこの上ない。金があるならタクシーに限る。

牛久駅と入管までの道筋はいくつかある。どれも大して変わらないように思うが,それでも一番近い道があり,これは林の中の狭い道を通る。しかし,ある運転手によれば,この道は事故が多いので通らないようにと言われているそうだ。

何年も前のことだが,面会を終えたわたしは入国管理センターから電話でタクシーを呼んだ。しばらくすると入管の玄関に配車。

わたしが乗ろうとすると,男の人が声をかけてきた。駅まで同乗させてくれというのだ。むろんのこと,タクシー代は割り勘だ。これはわたしにとっても助かる。

さっそくタクシーはわたしたちを乗せて出発した。その男の人は結構こわもて,で身体も大きい。面会に来ていたのだという。「ハッハー助かりました!」 大きな声で上機嫌だ。入管が遠い! と文句をいう。「まったくです」とわたし。一仕事終えて2人ともほっとしてる。

だが道のりを半分ほど過ぎた頃だ,この男が急に怒り出した。道が違う! 「ふざけんなこのやろう!」 運転手に怒鳴る,罵る。後ろから首を絞めんばかりだ。運転手は「あの道は通っちゃいけないんです」とか弁明するが,やっこさん,聞いちゃいない。真っ赤な顔で怒ってる。絶対金なんか払わねーぞ!

とんだあいのり! 俺が呼んだタクシーでおっぱじめんなよおい! この理不尽な出来事にわたしもだんだん腹が立ってきた。

「すいません!」 わたしはタクシーの運転手に言った。「もうここで止めてください! ここで降りますから!」 俺は歩く! 

と,男は我に返る。わたしに謝る。で黙りこくる。運転手に「ぼろうとした分は絶対払わねえからな!」と言ったきり。

駅に着く。男は自分が払いたい分だけ払って車を飛び出した。で,足りない分を支払ったのはこのわたしだ。

2013/06/20

難民の難儀

あるカチンの女性がアメリカ合衆国に行くことになった。親戚の結婚式があるのだ。

彼女はビルマの難民だから,日本人のように簡単にアメリカには行けない。

ビザ免除プログラムというものがあり,日本を含む特定の国の人はビザなしで90日間アメリカに滞在することができるが,ビルマは違うのだ。

非移民ビザを申請して取得しなくてはならない。これはインターネットで申請し,ビザ料金を支払い,大使館での面接した後に発給される(されないこともある)。だいたい1週間から2週間かかるらしい。日本人でも留学や就労のさいにはこの手続きが必要となるようだが,観光や短期の商用で行く分にはまず用がない。

で,そのカチンの女性はインターネットも英語も苦手なので,わたしに助けを求めて来た。しかも,結婚式までもう間がない。すぐ手伝ってくれという。

なんでこんなギリギリになったかというと,ワケがある。彼女は日本の入国管理局に再入国証の更新を申請していたのだが,なかなか許可が下りなかったのだ。

近頃の入管はとても忙しいらしく,「これこれの申請をしたのだが,待てど暮らせど返事が来ない」という話をよく聞く。内情は分からないけど,もしかしたら去年の7月の在留カードの切り替えと関係あるのかもしれない。もうすぐ1年経つから。

それはともかく,わたしは彼女とオンライン申請をする。面倒くさいが無事終了。次にビザ料金160ドルの支払い。これも一騒動あったが,なんとか終わる。さて,次は領事との面接の予約だ。これもオンラインでできる。

で,予約画面に入ったら,もっとも近い可能な面接日が結婚式の日の後。これじゃ間に合わない。

大使館に問い合わせる。わたしは事情を説明するが,答えは不可能。優先面接というシステムもあるが,これは葬式や緊急の商用のみで,結婚式や卒業式は理由にならないとのこと。

カチンの女性は頭を抱えている。すっかりしょげちゃった。結婚式の後から行ったって意味ない。式に集う親戚たちと会うのが何よりの楽しみなのだ。

わたしは,この女性の親戚が日本で結婚したときのことを思い出した。花嫁はビルマから自分の式に両親を呼ぼうとしたが,ビザがおりなかった。だが,彼女にはインドに兄がいた。難民として暮らしている。親が無理なら,その兄を呼ぼうと考えた。で,どうしたらよいか,わたしに相談しにきた。

だが,いろいろな問題がありこれは結局諦めざるをえなかった。兄妹の関係を証明する重要な書類がインド・ビルマ・日本の国境のどこかに紛れ込んでしまったのだ。

で,その花嫁,「結婚式なのに家族がだれ1人来てくれないなんて」と毎晩泣いていたそうだ。

そんな事情もあったから,アメリカ行きがフイになってしょぼくれているそのカチンの女性を見て,わたしは「難民であるということは,まったくいろいろ難儀なことだ」とあらためて思ったのだ……。

ところがだ。

その晩,彼女,アメリカの親戚に電話した。で,その親戚がアメリカで役所に掛け合った。そしたら,翌日朝早く面接できることになった。

で,面接を終えたばかりの彼女からさっき「すべてOK」との電話がかかってきた。

2013/06/18

日本のカレン民族交流会

日本に暮らすカレン民族の交流会が,江東区の清澄庭園の大正記念館で6月16日の午後に開催された。

カレンのみんなが食事を持ち寄って食べて飲んで談笑する会で,今年で4回目だとのことだ。参加者は30名弱。この日曜日は色々用事が重なって少なめだ。

カレン民族が,チンやカチンの人と異なるのは,教会を離れてこうした交流会を設定することだ。ほぼ100%がクリスチャンのチンやカチンの人はだいたい教会のなかでなんでも済ますことができる。だが,仏教徒が半数以上を占めるカレン人は,教会などの場以外でなければ,民族としての親睦会を行うことができないのだ。

はじめにちょっとした挨拶の後,各自自己紹介,そして,さらにしばらくしてからマイクでひとりひとりがコメントをしたり,冗談を言ったりする,という和気あいあいとした雰囲気で,これもまたカレン人らしい好ましさだ。わたしはすっかりお酒を飲み過ぎてしまった。

在日カレン人の中には,大きくわけてスゴー・カレンとポーカレンのふたつの民族グループがあり,言葉も異なるし,またヤンゴン育ちのカレン人の中にはカレン語が得意でない人もいるので,こうした場ではビルマ語も使われる。

ある若いカレン人がビルマ語で話している。ブツ切れだ。「彼はビルマ語が上手じゃない」と周りの人がわたしに教えてくれる。と,急にペラペラ話し出した。ビルマ語からスゴーカレン語に切り替えたのだ。

聞けば,エーヤーワディ管区のパテイン出身だとのことで,この大きな街はヤンゴンから車で4〜5時間のところだ。

ビルマ語の得意でないカレン人もいるにはいるが,そうした人は田舎の山の中から来たものとばかり思っていたので,これは意外だった。

2013/06/16

狒々の血

普通「父の日」というと,子どもが自分の父親に感謝する日だと考えられているが,キリスト教会などでは,その教会に集う子どもたちが,自分にとって父のような男性にも「ありがとう」を告げ,花などを贈る日だとされている。

世の中には子どものない男性や,父親のいない子どもがいることを考えれば,これはとても良い慣習だ。

あるカチンの子ども(前にスーチーさんへの手紙をここで紹介した子)がわたしに次のような父の日の感謝状をくれた。


これはとてもありがたいことだ。会長というのは在日ビルマ難民たすけあいの会(BRSA)でのわたしの役職だが,わたしの働きがこの会のすべての会員のおかげであることを考えれば,これはBRSAのすべての男性に宛てられたものと考えることもできよう。

なお,タイトルは吉田戦車の『伝染るんです』に拠っている。

2013/06/15

イタい写真

わたしのFacebook上の友人のほとんどはビルマの人で,それは別にいいのだけど,これらの人々は,その置かれている社会状況と,情報リテラシー,特に写真に対する考え方が,日本社会のそれとは異なるので,ときどき実に困ったことが起きる。

いわゆる「閲覧注意」な画像を平気でニュースフィードに乗せるのだ。しかもまったくの善意から。

この善意には,わたしが見るところ,2つのタイプがある。

ひとつは悲惨な画像でビルマの現状に関して注意を喚起しようとするものだ。これはだいたい3つの意図が含まれている。

①ビルマ政府の悪行を広く訴えようという意図。

②ビルマ社会において正義の遂行を求める意図。

③ビルマ社会の不公平さや貧困を訴える意図。

その結果,砲撃で殺されたカチン人民間人の写真,宗教的対立により惨殺された人の写真,災害で亡くなった人々の写真がわたしのニュースフィードに流されることになる。

もっとも印象に残っているのは,何人かの幼児の遺体の写真で,これらの子どもたちは地面に捨てられ腐乱していた。動物に食われているようでもあった。もっとも,それ以上は詳しくは分からない。じっくり見なかったので。

さて,もうひとつの善意は,「かわいそうだから見て!」という形で自分の感じた憐れみや同情心を共有しようというものだ。

これは,さまざまな障害や病気を持って生まれた赤ん坊の写真をシェアするという形で現れる。写真はビルマのものに限られず,この点が最初の善意と異なっている。

これらはたしかに「かわいそう」な写真であるが,だからといってネットという公的な場で拡散すべきものなのだろうか,というのが,おそらく日本社会の普通の感想なのではないかと思う。

NHKの記者の方が言っていたのだが,東日本大震災の報道で遺体をどのように扱うかはひとつの問題で,議論の末に,NKHでは遺体を映像としては映さない,ということになったそうだ。

これは遺体の映像がショックを与えかねないというのももちろんだが,それと同時に亡くなった人の尊厳やその遺族の感情への配慮も大きな理由となったに違いない。

今の日本でのメディアに関するこうした考え方からすれば,被写体の同意のないところで,その被写体が意図しない写真(遺体や著しい肉体的損傷などの写真)を公開するのは,それがいかに同情や共感を呼ぶ内容であろうとも,やはり違和感のあることである。

ビルマ社会と日本社会のリテラシーはこのように異なるのだが,そのどちらがよいかというのは別の問題で,ここでは触れないけれど,少なくとも,いきなりこうした写真を見せられる身にもなってみろ,とわたしはときには文句をいいたくもなるのだ。

そんなわけで,Facebookのフィードを見るときも恐る恐るだ。ヤバそうな写真があるときはさっと飛ばすか,目を細める。

この前も,ちらと見て,うわー,イヤな写真。

なんかの病気だろう。やせ細って,しわくちゃの老人。顔が骸骨みたい……死体か?

と思ったら,キース・リチャーズだった。

GRRR!