2009/10/30

江戸川と映画監督

帰りの電車の中で空いている座席を探してふらふらと歩いていたら、よく見る顔のビルマ人が座っているのに気がついた。

挨拶をする仲ではあるが、じっくり話したことはない。電車の中でいろいろ話を聞くことができた。

その人の名はテイティッ(HTAY THIT)さん、ビルマ人の映画監督・画家だ。

彼は去年最初のビデオ作品を公表していて、ぼくも持っている。とはいえ、友人が出ているところしか見てはいないのだが。

現在2作目を撮影中とのことで、年末には編集作業に入れるとのことだった。

第1作は短編映画集だったが、今度は長編映画。ナルギス・ハリケーンを背景に、ビルマの子どもたちの運命を描く、笑いと涙の物語だという。

面白いのが、ビルマの大河、イラワディ川の情景を江戸川で撮影していること。結構感じが出ているのだそうだ。

テイティッさんに関しては「平和の翼ジャーナル」にインタビューが掲載されている。これを読むともっと詳しく彼のことがわかる。参考までにリンクを貼っておこう。

2009/10/29

第2の上陸

入管に収容された難民は時として財産をすべて失うことがある。

例えば、ひとりで暮らしていた場合、家財を整理したり引き取ったりしてくれる人が誰もいないと、大家に勝手に処分されてしまうこともある。

あるカレン人夫婦も同じような目にあった。同時に収容されたため、家に誰もいなくなり、またもちろんのこと家賃を払うものもいなくなってしまった。そして、大家が部屋に入ってその中にあるものをすべて捨ててしまった。その中には難民認定申請にかかわる重要な書類もあったのである。

2人に残されたのは、たまたま持ち歩いていた結婚式の写真1枚だけだった。

収容された後、親族や友人が主のいない部屋にやってきて、大事なものを引き取ってくれることもある。だが、これもまたトラブルのもとである。

ある収容者は、友人に家財の整理と保管を頼んだ。そして数ヶ月後に釈放された彼が見たのは、友人がそれらを我が物顔で使っている光景だった。その友人は彼の布団で寝て、彼の電子レンジで調理していた。

釈放されたばかりで無一文、寝るところもない彼はぐっとこらえて、泊めて欲しいと頼む。すると、その友人が渡したのは別の薄っぺらな布団だったという。

信頼できる親族、友人がいない場合、多くの収容者はほとんどの財産を失い、釈放後、再び一からやり直さなければなくなる。もちろん、銀行預金等の蓄えがあれば、再出発は容易だが、それも金額次第だ。仮放免保証金で消えてなくなる場合だってある。

入管の収容により、振り出しに戻ってしまうこと、裸一貫で日本に逃げてきた当時の状態に戻ってしまうこと。これはいわば「第2の上陸」とでもいうべき現象だ。

在日ビルマ難民の多くはこうした脆弱な生活環境に暮らしている。これらの人々がたとえ日本人と同じように働き、同じような額の収入を得ていたとしても、その状態から無一文に転がり落ちるのは、日本人と比べてはるかに急なのである。

野方警察署

野方警察署にあるビルマ難民が不法滞在で留置され、その友人が面会に行った。

面会することはできるが、日本語で話さなくてはいけない。留置係が脇に座って見張っていて、ビルマ語で会話をすると注意をする。

しかし、そのビルマ人は日本語がほとんどできない。面会に行ったビルマ人友人は非常に苦労して、いいたいことを伝えた。

面会が終わると、留置係の男が「こいつは嘘つきだ、嘘つきだ」と留置されているビルマ人を指差していった。

腹を立てた友人が「わたしの友達をそんなふうにいうのは止めてください」と抗議すると、留置係の男は「こいつ、日本語話せないっていってたのに、面会で話してやがるじゃねえか」と返した。

「彼がそういったのは、十分に話せないという意味でまったく話せないという意味ではありません」

「いや、こいつは嘘つきだ、嘘つきだ」

そう繰り返す留置係に連れられていたそのビルマ人は何を思ったか、彼に対してお辞儀をした。彼のために何か良いことを言ってくれていると勘違いしたのだろう。

そのとき、刑事が入ってきた。すると男は急に口をつぐんだ。

留置所を出るとき、留置係受付でその友人は再び抗議した。受付の女性が答えて曰く「そんなことは知りません」。

2009/10/24

復讐

ビルマ問題について何冊も重要な著作を発表しているジャーナリスト、バーティル・リントナーが、この前来日したとき、こんなことを言っていた。

「ビルマ軍事政権が崩壊するとき、かつてルーマニアのチャウシェスク大統領に起きたような報復行為が、軍事政権高官に対して民衆の側から起こるかもしれない。この復讐を止めさせることができるのは、ただアウンサンスーチーだけだ」

それができるのが本当にアウンサンスーチーさんだけなのか、そしてたとえそうだとしてもそれでいいのか、という点はどうだかわからないが、軍事政権が頑として権力を手放そうとしないのは、抑圧されていた人々からの残虐な報復を怖れてである、というのはよく聞く意見だ。

それどころか、政治活動家の中にはそうした態度をあからさまにする人もいる(滅多にいないが)。

ある在日カレン人の活動家が「あいつら絶対殺してやるよ」と口走ったのを覚えている。「あいつら」というのは彼の暮らしていたヤンゴンのある地区の政府関係者のことである。

今日、あるビルマ人と話していて、彼が「政府は報復が恐ろしいので、絶対に権力を渡さない」というので、ぼくはこんなことを言った。

「もしも政府が変わったら、今日本にいる難民がビルマに帰るかわりに、軍事政権高官たちが日本にやってきて難民申請するかもね」

彼は笑って付け加えた。

「そしたら、成田で捕まえて牛久の入管収容所に送るのではなく、そのまま刑務所に入れてください」

2009/10/22

カルデロンさん一家の話

あるビルマ難民女性がカルデロン・ノリコさんのお母さんとかねてから知り合いだった。

両親の帰国命令が出たころ、そのビルマ人女性が品川入管でノリコさんのお母さんにたまたま会った。

一家の状況に同情していたビルマ人女性はお母さんに3万円を渡した。しかし、そのままでは受け取るまいと思い、食べ物と一緒に紙袋に忍ばせたので、ノリコさんのお母さんがそのお金に気がついたのは帰宅してからのことだった。

お母さんはあわててビルマ人の女性に電話をして、泣きながら感謝してこんなふうに言ったそうだ。

「これで、帰国するまで食事が食べられます!」

入管の規則により就労を禁じられていたカルデロンさん一家が、いかに厳しい生活を送っていたかを物語るエピソードだ。

2009/10/19

いじめ

難民認定申請の末、在留特別許可を得たあるビルマ国籍者が、電話でこんなことを言ってきた。

「今の職場、2人のビルマ人がほかに働いているのですが、わたしのことをいじめるのです。わたしの悪口を日本人の上司に告げ口したりして、本当にやりづらい・・・

そこで考えたのですが、あの2人はちゃんとした就労ビザをもっていないのです。難民認定申請もしていません。もし、これを会社に訴えれば、2人とも辞めさせることができるのではないか、と思って。

よく、駅で警察がオーバーステイの外国人を捕まえようと尋問していますね。あれにわざと捕まってみようか、などと考えるのです。警察たちはわたしを連行して職場にやってくるに決まっています。そうすれば、あの2人はおしまいです。警察はすぐに捕まえることでしょう・・・

どう思いますか、このアイディア・・・?」

2009/10/16

天国と地獄

オーストラリア在住のカレン人活動家、ポールチョウさん夫妻は短い滞在期間の間、入管やNGOを訪問したりしてほとんど暇もなかった。だが、それでも観光らしいこともしたい、という希望があったので、半日ほどだが、東京を案内して回った。8月のことだ。

上野公園をぶらぶら歩いていると、地べたに数十人の男たちが整然と座っているのが目に入った。彼らに向かって女性が演説している。

ぼくはバカなのでうれしくなってしまう。たいていの外国人は、日本にホームレスがいると聞くとびっくりするからだ。

「キリスト教の慈善団体がホームレスたちに食料を分けようとしているのです」と意味なく得意げにぼくがいうと、ポールさんは目を丸くした。

女性の言葉から察するに外国人のようだった。韓国のキリスト教徒はこうした活動に熱心だから、もしかしたら韓国の人かもしれなかった。

はっきりは聞こえなかったが、神様を信じないからあなたたちはこんなふうになったのだ、と説教しているようだった。男たちはじっと黙って座っていた。

ぼくは面白くなっていった。

「あの女性たちはホームレスに食料をあげるのだけど、それ以上にホームレスたちからもらっていることに気がついていない。つまらない話を聞いてもらっているし、こうした施しであの女性たちは天国に一歩近づくのだから。実際感謝すべきは施す側の方なのだ」

ぼくの英語がまずかったのか、ポールさんはわかったようなわからないような返事をした。

ビルマ難民が急増しているので、どこの支援団体も大忙しだ。そして、支援した分だけ実績となるから、組織を発展させる良い機会でもある。

最近、規模を拡大したあるNGOについて、ある非ビルマ民族難民がこんなことを言った。「あれはわれわれのおかげだ」

つまり、支援を求める人がいてはじめて、支援活動も成り立つのだ。当たり前のことだが、支援する者は時々この当たり前の事実を忘れる。

それにしても、支援を求める人を踏み台にして天国に行くくらいならば、地獄に堕ちたほうがまだましだ、というべきであろう。